研究が好きだから⑥舘野さん夫婦、研究者から保育士に

丸山ひかり
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 地球の内部構造を解明する研究の第一線で活躍していた夫婦が2020年、埼玉県横瀬町で保育士に転身した。2人は「地球の成り立ち」から「子どもが幸せに育つ方法」に、研究テーマを変えたと受け止めている。長年の学究生活を経てたどり着いた「研究」への思いとは――。

 舘野(たての)繁彦さん(43)、春香さん(37)夫婦は一昨年、埼玉県横瀬町で認可外保育施設「森のようちえん・タテノイト」を開いた。2人は毎朝「今日、何しようか?」と、園児の宮原ひかりちゃん(5)と山崎銀月(ぎんが)ちゃん(4)に尋ねる。

 ある日は、ひかりちゃんが「畑でニワトリにあげるミミズを取りたい」。銀月ちゃんが「公園に行く」と意見が割れた。繁彦さんと春香さんが話し合いを促し、ミミズ取りの後に外出することにした。

 こうした経験が、社会に参加しているという「当事者意識」を育て、自分を大切にしながら生きる方法を身につけることにつながるのではないか。2人はそんな仮説を立て「どうすれば幸せな人が育つかを模索している」と話す。

 地球について研究していた時も、仮説を立て検証する繰り返しだった。今の活動も、2人にとって「研究」であることに変わりはないという。

 ともに東京工業大学で博士号を取り、研究機関に所属してきた。画期的な発見をし、米科学誌「サイエンス」に論文が掲載されたこともある。

 繁彦さんは幼い頃から地表の下の構造に興味があり、研究者になった後も「どんな実験をしようかと考えると眠れなかった」。春香さんは実験を重ね、未知のことにどう迫るか考えるのが好きだった。

 そんな日々が変わるきっかけは、2014年に生まれた長女・志寿子さんを保育園に預けたことだ。繁彦さんは園での子どもたちを見て、皆同じ遊びをしているのが気になった。また、ある日、家族の会話で志寿子さんから「先生が言ったから」という言葉が出てきて、違和感を感じた。

 「子どもたちは先生の言う通りに過ごし、意見が言いにくいのかも。上の人が言うことに疑問を持たず、社会に無関心な人になってほしくない」。志寿子さんが3歳になり登園を嫌がり始めたことも重なり、繁彦さんは自分で保育園を開こうと決めた。

 岡山大学特任准教授などを経て、当時は東京工業大学地球生命研究所の研究員。順調なキャリアを重ねる一方、「この先、自分は世界的な発見をまた生み出せるのか」と能力の限界も感じていた。

 春香さんも賛同した。海洋研究開発機構などで活躍し、出産後は原子力発電の使用済み核燃料の処理技術へと分野を変えたばかりだったが、「社会に関心がある人を育てることが大切」と考えた。

 今、2人は子どもが熱心に取り組むことを見守り支えている。「『好きな事を認めてくれる』と感じられた子は、自信を持って興味を深めていける」と春香さんはいう。

 春香さんには学生時代からずっと、「自分には好きなことがない」というコンプレックスがあった。周囲には「おたく」と呼べるほど、石や惑星などに情熱を注いでいる人もいて「特定の対象に深く興味を持てない自分は、中途半端な人間だ」と思ってきた。

 最近になってようやく、自分は知りたいことに近づくための「研究」という行為そのものが好きなんだ、と気づいた。振り返ると小さい頃から、推理小説を読むことやリポートを書く宿題は楽しかった。「わかりにくい『好き』もあるんですよね」。

 今年、町の中心に、主に小中学生のための「学びの場」を開く予定だ。研究は続く。(丸山ひかり)