第10回町職員から漁師へ 核のごみ問題で生まれた「境界線」を越えるには

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佐野楓
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 10万年。

 原子力発電所の使用済み核燃料から出る高レベル放射性廃棄物、通称「核のごみ」の最終処分に必要とされる最大の時間だ。

 この途方もない年月をかけて、人間の生活環境から核のごみを安全に隔離する方法として、地下深い岩盤に埋める「地層処分」が国際的に認められている。だが、最終処分場の完成に至った国は現在までにひとつもない。

 日本海に面した北海道寿都(すっつ)町。人口2800人の町では、最終処分場候補地の国の選定プロセス「文献調査」が2020年11月から進む。世界が答えを見いだせていない国策を突きつけられた町民の間には、賛否をめぐって「境界線」が生まれ、深い対立が生じた。

 21年12月下旬。漁師の大串伸吾さん(38)は、雪が積もる寿都町の美谷漁港で海を見つめていた。

 「寿都の前浜には、まだ発展の可能性がある」

 新潟県出身の大串さんにとって、この海は自身と町をつなぐ大切な存在だ。

 その年の3月まで、大串さんは寿都町職員だった。「文献調査」を推し進める片岡春雄町長(72)の姿勢に危機感を感じ、漁師に転身した。

 大串さんが初めて寿都を訪れたのは11年。北海道大学大学院生としてサクラマスの資源保護を研究し、博士論文の調査で寿都に通うようになった。

 当時、札幌市場では北海道の日本海産の魚は脂乗りが悪いとされ、寿都の魚も評価が低かった。「魚の品質向上に研究者として役に立てないか」。調査結果の報告に14年に再訪した際、漁師たちに「船上活締(せんじょうかつじ)め」を提案した。取れたばかりの魚を血抜きして、鮮度を保つ方法だ。

 1年間、提案と意見交換を重ねると、漁師や仲買の意識が変わった。「活締め」を自発的に行う漁師も増え、翌年には寿都産の魚の評価が上がり始めた。「寿都の魚は磨けば光る原石。品質向上に努めれば、さらに伸びしろはある」。期待が高まった。

 17年、大串さんは実績を買われて町役場から声がかかり、町に就職した。産業振興課水産係として、北海道ニセコ町にあるアンテナショップ内の鮮魚店の運営や、寿都のPR動画づくりを担った。漁師や水産加工業者から話を聞き、漁業での町の発展を思い描けるようになっていった。

 20年8月、片岡町長が「文献調査」に応募する方針を表明し、町の雰囲気は一変した。

 片岡町長は朝日新聞の取材に…

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