第39回3浪した米村でんじろうさん 「反面教師」が説く受験ストレス対処法

聞き手・高浜行人
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受験する君へ 米村でんじろうさん

 高校卒業後、3浪して東京学芸大に進学しました。受験生には、僕を反面教師だと思ってほしいと思います。

 房総半島の真ん中、加茂村(現・千葉県市原市)で育ちました。小学校の頃から勉強は苦手でした。理科の実験とか好きなことはやるけど、宿題は面倒だからやらない、提出物は出さない。居残りがあって学校がだんだん嫌いになる。もともと集団生活に抵抗があったし、閉じ込められている感じがあって学校は嫌いでした。

 当時は中卒で就職する子も結構いて、大学進学なんか全然考えていませんでした。他に行く子が多いから高校に行って、就職するのは怖いしお金を稼ぐのは大変そうだから大学に進学したいな、と。親も「そうか行くんか」というような緩い雰囲気でした。

 でも、学力は全然足りていない。進路希望調査に進学と書くと、面談で先生から「お前の成績では無理だ」と言われました。模擬試験を受けても合格可能性は低いまま。特に英語は落ちこぼれて赤点ばかり取って親が呼び出されるような状況です。現役時はどこにも受かりませんでした。

 高校を卒業する頃、工場で働いていた父が労災で亡くなりました。学費の安い国立大を目指して自宅で受験勉強することにしました。予備校のある千葉駅までは数時間かかり、物理的に難しいというのもありました。参考書を買って、通信教育をやって、ラジオ講座を聴く。でも基礎がわかっていないので、自力では理解できない。模試もうまくいかない。ストレスばかり募ってさらに勉強が手につかない悪循環でした。

 母は働き者で、日中は近くの工場に働きに出ていました。家に誰もいないし、昼寝したり、テレビ見たり。ちょっとは勉強しようと机に向かうと、わかんなくて嫌になって横になる。その繰り返しですね。今で言う引きこもりみたいな感じです。結局、思うように学力が身につきませんでした。

 母もさすがに心配し始めたので、浪人2年目は働きに出ることにしました。マイクロバスでおじさんたちと一緒に工場に行って、一日単純作業をします。でもまだ若いからすぐに飽きてしまう。数カ月やって、もう無理だからとやめてしまいました。秋口には予備校に行かせてもらいましたが、これも長続きしない。途中からだから、授業についていけなかったんです。またまた落ちました。

 3年目になるとさすがに親に迷惑だと思い、あせり始めました。イライラしてノイローゼみたいになって、参考書を読んでいても前のページに戻らないといけない気がして進まなくなることもありました。世間を遠くに感じて、たまに街に出るときも友達に会うのが嫌で人目を避ける。精神的に追い詰められ、危険な状態でした。親や周囲の大人があまりうるさく言わなかったのが唯一の救いでした。

 受けたのは教員養成系の東京学芸大です。まぐれ当たりかわかりませんが、なんとか合格し、進学できました。

 振り返ると、失敗したことがいくつもあります。例えば計画の立て方。参考書を短期間で全部やってしまう無理なスケジュールをつくっては、うまくいかず途中でやめていました。指導してくれる人がいないのも、僕のようなタイプにはマイナスでした。勉強って筋肉トレーニングみたいなもので、僕みたいに自己流で栄養もろくに取らないのに無理な運動をして筋肉をいためてしまうようなことを繰り返していては伸びないんですよね。指導者のもとで適度にたんぱく質をとって正しいメニューをこなしていけば、無理せず筋肉が付いたはずだと思います。

 大学卒業後、周りはみんな教師になりましたが、僕は進路が決まらず、大学院に進みました。大学院を修了しても社会に出たくなくて、研究生として残ったんです。就職浪人みたいなものですね。でも、教授の紹介で私立の自由学園の講師になってみると、結構楽しかったんです。自由にやっていいと言われたので、もともと好きだった実験に子どもと一緒に取り組めたのが大きかった。これが今の道につながりました。

 その後、東京都の教員になりました。初任地では実験で興味を引く授業ができましたが、2校目は進学校で、子どもも大学受験が気になって実験を心から楽しめなかった。このまま教師をやっていいのか。迷った末、やめることにしました。学校自体が好きな場所ではないという気持ちは変わらなかったんですね。

 辞めるときは、実験用教材や科学館の展示を作るものづくりの仕事を思い描いていました。でも、実際はフリーランスとして、来た仕事は何でも受けなければならない。知人のつてで教育番組の制作を手伝ううち、自分が「博士役」のようになって出るようになりました。科学イベントの依頼も増えて、軌道に乗っていきました。

 テレビに出るようないまの仕事は、やりたかったことと全く違いました。そもそも、思った通りになったことはほとんどありません。世の中ってどんどん変わりますし。そもそも仕事だから、完全に自分のやりたいように、とはならないですよね。合わない相手に合わせなければならないし、金を出す人は口も出すし。それでも、意外な方向に道をつなげることができたと思います。

 受験でも自分を一つに決めつけなくていいと思います。若いときはまだ、自分のことを完全にはわからない。とりあえず決めているだけですから。志望校に落ちたらもうだめだ、などと思い詰めなくていい。

 自分にプレッシャーをかけ過ぎると、それがストレスで能率が下がります。人間ってそんなに頑張れないんだと思っておいたほうがいいですよね。僕も、もうちょっと気楽に取り組んでいたら、3浪もしなかったと思います。

 受験するみなさんには可能性がたくさんあります。一つがだめでも他の道がいっぱいあると知ってもらいたいですね。そうすれば気が楽になると思います。(聞き手・高浜行人)

     ◇

〈よねむら・でんじろう〉1955年生まれ、千葉県出身。県立市原高校を経て東京学芸大教育学部卒業、同大大学院修了。85年に都立高校教諭になり、96年に「サイエンスプロデューサー」として独立。全国各地で実験イベント、サイエンスショーを開催。

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