「未来人になりきる」発想で変わった町 今がよければいいはずがない

興野優平
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 コロナ禍は、市場経済や民主制といった仕組みだけでは解決できない問題を私たちに突きつけました。短期的な志向で、将来世代の資源を奪って成り立つ暮らしのままでいいのか。そんな発想から、未来世代になりきって考える「フューチャー・デザイン(FD)」の発想が、注目を浴びています。

 高知工科大フューチャー・デザイン研究所の西條辰義所長によると、こうした考え方は決して新しいものではなく、例えば北アメリカの先住民、イロコイ族の思想に通じるものだといいます。西條所長は、各地の企業や自治体と、この考え方を取り入れたワークショップを開催してきました。

 その一つ、岩手県矢巾町を取材しました。

2050年の未来人になりきって考える

 「一つだまされたと思って、未来人になってみましょう」

 昨年12月、岩手県矢巾町。盛岡市の南部に位置する人口2万7千人の小さな町で、町議会議員と町職員の有志が、一緒に研修を受けていた。「フューチャー・デザイン」の体験会だ。

 この日の参加者は約20人。町の「未来戦略室」の職員とプロの司会者が進行役を務める。

 「町の黄色い法被を着たら、2050年の未来人になりきってください」

 法被を着た瞬間から、未来人。現在としての2050年について話す。コロナ禍も含め、2049年以前のことはすべて過去形で語ることになる。

 2050年の矢巾町がどうなっているのかは、誰にもわからない。そのため、何を話しても否定されることはなく、発想が自由になる。

 「電車はなくなりドローンで通勤」「寝ながら学習でき、学校はなくなっている」……。

 ドラえもんのような話が続くかと思いきや、町議で、農家の藤原梅昭さん(70)が「30年前は人間に都合の良いことばかりやっていた」と「振り返り」始めた。農業では、合成樹脂でコーティングされている被膜肥料が多用されていた。ゆっくり土壌に浸透し、追肥の作業がいらないためだが、その合成樹脂が川や海に流れ、マイクロプラスチック問題につながっていた、という。

 「いまは海がきれいになって、資源も豊富でよかった」との意見に賛同の声が集まった。

 次に、2050年に生きる者として、「過去」である2021年に向けてのアドバイスを考える。「水を大切に」などが集まった。

 「21年は、いまから振り返ると分岐点だったかもしれない」との藤原さんの指摘に、同じく町議の小笠原佳子さん(60)は、「30年前の人がいろいろ考えてくれていたからいまがある、ということですね」としみじみと答えた。

 こんな語り合いを通じて、21年の選択や行動が、未来を大きく変えることに気づかされる、というわけだ。

 矢巾町では、この「フューチャー・デザイン」の発想を全国に先駆けて町づくりに生かしてきた。15年度は2060年の町ビジョン、16年度は町営住宅と公共施設をテーマに、住民らが現世代と将来世代に分かれたり、両方の視点を経験したりしながら議論をした。

 19年には、町の総合計画をつくるにあたり、住民から参加者を公募してフューチャー・デザインのワークショップを6回にわたり開いた。2060年の将来に生きる世代の視点から、現在に必要な政策を提言。それらの提言は、「自然との共生の推進」などとして約8割が総合計画に反映された。

 町未来戦略室の吉岡律司室長は、「現在から考える将来と、将来世代に成り代わって考える将来では、出てくる内容がちがってくる。自分ごととしてとらえるためにも、非常に意味のあることと感じている」と話す。

 町では、来年度から始まる次期総合計画の策定にもフューチャー・デザインを活用する予定だ。

 「フューチャー・デザイン」の取り組みは他の自治体にも広がる。

 長野県松本市は17年以降、地元の信州大と連携して新庁舎建設の基本計画や次世代交通システム政策について、住民参加のフューチャー・デザインワークショップを開いた。ほかにも京都府では2019年、下水道の将来について府内の自治体職員で議論がなされた。宇治市では市が開いたワークショップをきっかけに、市民団体「フューチャー・デザイン宇治」が発足した。(興野優平)