外岡秀俊さん、編集者がみた作家としての顔 膨大な知識を物語に昇華

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野波健祐
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 朝日新聞社の編集委員や編集局長・ゼネラルエディター(GE)を務め、12月23日に68歳で死去した外岡秀俊(そとおか・ひでとし)さんには、小説家としての顔もあった。

 東京大在学中の1976年、「北帰行」で文芸賞を受けてデビュー。同じ年には武蔵野美術大在学中の村上龍さんが芥川賞に決まっており、相次ぐ学生作家の受賞が話題になった。

 朝日新聞社入社後は小説執筆を休止していたが、退職後に中原清一郎の筆名で本格的に執筆活動を再開。「カノン」(14年)、「人の昏(く)れ方」(17年)を発表した。

 「すばらしい才能なのに、新聞記者の間は書かないのは残念でならない」

 そんな嘆き節を、河出書房新社の雑誌「文芸」元編集長の高木れい子さんは、外岡さんのデビュー時を知る先輩たちからしばしば聞いていた。新聞社退職を知り、執筆依頼をしたところ、すでに書き上げた小説を渡された。それが「カノン」だった。

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