日本一の次は「世界一」へ 知的障害抱え、父と2人で月1千キロ走る

前田健汰
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 「最後、もっと上げよう」。横にいるコーチに声をかけられると、大谷春樹さん(18)はうなずくでもなく、自転車をこぐ速度を上げて応えた。昨年末、時折雪が吹き付ける山口市阿知須の大会会場で、回転する車輪の音が一段と大きくなった。

 春樹さんには知的障害を伴う広汎性(こうはんせい)発達障害がある。その影響で、幼い頃からスポーツのルールの理解が難しかった。小学4年で初めて自転車に乗ると、スタートからゴールまで進めば良いというシンプルさが肌に合い、練習を始めた。ブレーキを徐々にかけることや左右に曲がることが難しかったが、父の正樹さん(41)がつきっきりで教え、1年で乗れるように。広島県愛媛県をつなぐ「しまなみ海道」を走ると「またやりたい」と自転車のとりこになった。

 練習はほかの団体などと行うこともあるが、基本は正樹さんと2人きり。パラサイクリングのコーチに教わったメニューなどを参考に週5日ほど練習し、月に千キロほどを走っている。弟の修也さん(11)も春樹さんに憧れて自転車を始めていて、家族をつなぐスポーツになりつつある。

 春樹さんはロードレースの大会にも積極的に参戦している。2019年には、知的障害のあるアスリートの大会「スペシャルオリンピックス」の広島の競技会に参加し、優勝。全国から選手が集まっており、実質的に日本一を手にした。

 昨年は新型コロナの影響で大会が減り、年末に半年ぶりのレースに参加した。「サイクルジャンボリー」の3時間耐久レース部門に出て、走った距離は92キロ。障害や年齢などの区別のない中、11人中5位と好成績を残した。東京パラリンピック金メダリストの杉浦佳子選手のコーチなども務めた佐藤信哉さんは、この日春樹さんと並走し「粘り強い走りをしていた。1年ほど教えているが、勝負にこだわる姿勢がでてきていて、今後が楽しみ」と期待を寄せる。

 今後の目標は「世界の大会で優勝すること」だ。今年の11月には、2023年に予定される世界大会の日本代表選考が兼ねられたスペシャルオリンピックスの全国大会が開催される。「苦しいときもあるけど、頑張って勝ちたい」と力を込める。(前田健汰)

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 おおたに・はるき 2003年、長崎県生まれ。長い期間を美祢市で育つ。現在は、宇部総合支援学校高等部3年生。卒業後は市内の就労支援施設で自転車の部品を並べるなど、自転車に関わる仕事をする予定。絵を描いたり、レゴブロックで好きな形を作り上げたりするのが趣味。

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