デジタル時代は報道の進化と高い質を 前ワシントン・ポスト編集主幹

有料会員記事

聞き手・城俊雄
[PR]

 米国で最もよく知られるジャーナリストの一人がマーティン・バロン氏だ。ボストン・グローブの編集長時代にはカトリック教会の神父たちによる児童への性的虐待と教会による組織的隠蔽(いんぺい)を暴く歴史的スクープを指揮した。後に取材の内幕を描いた米映画「スポットライト 世紀のスクープ」が公開され、話題を集めた。昨年2月までの約8年間、米紙ワシントン・ポストの編集主幹として、一時は経営不振に直面した同紙の編集部門の改革の先頭に立ち、電子版購読者数を大きく増やした。名門紙はネット時代をいかにチャンスに変えたのか。バロン氏に聞いた。(聞き手・国際担当補佐 城俊雄)

マーティン・バロン(Martin Baron)

1954年生まれ。76年にマイアミ・ヘラルド記者としてジャーナリズムの世界に入る。2013年から21年までワシントン・ポストの編集主幹。編集トップとして率いたマイアミ・ヘラルド、ボストン・グローブ、ワシントン・ポストはそれぞれ、ピュリツァー賞を1回、6回、10回受賞した。

前ワシントン・ポスト編集主幹 マーティン・バロン氏インタビュー(Journalism1月号抄録)

――ワシントン・ポストの編集主幹を退任された時、米欧メディアで大きな話題になりました。英紙ガーディアンは「究極の古き良きエディター(the ultimate old―school editor)」の退任と伝えました。

バロン ジャーナリズムの伝統的な価値観と原則を信じているという意味で、私は古き良き存在でしょう。ただ、インターネット時代に、どう記事を書き、どう報道するか、そして、いかに多くの人々にジャーナリズムを届けるかということに関して、ジャーナリズムが変わらなくてもよいとは考えていませんから、その意味では私は古き良き存在ではありません。これらは確実に変わらなければならないと考えています。しかし、変わってはいけないものもあります。ジャーナリズムの基本理念と原則は不変でなければなりません。そして、きわめて高い質を維持しなければなりません。変わってはいけないものは、変えるべきものと同じぐらい、我々の将来にとって極めて重要です。

万策尽きて身売り

――編集主幹に就任した2013年1月当時、ワシントン・ポストは大変な苦境の中にありました。インターネットの影響で部数と広告収入は減り続け、6年間にワシントン・ポスト社の新聞事業の営業収入は44%も減少するという厳しい状況でした。

バロン 当時、プリント版(紙媒体)の部数が落ち続ける一方で、まだデジタル課金モデルを導入していなかったので、デジタル版の記事は全て無料でした。(2012年まで編集長を務めていた)ボストン・グローブでも同じ難題を抱えていましたから、ワシントン・ポストでも多くの問題が待ち構えているだろうと予想していました。私が編集主幹に就任した時、ワシントン・ポストは人員削減と全社の経費削減を毎年続けなければならない状況から脱するために、成功するビジネスモデルを必死に模索していましたが、コストカットの継続を覚悟している状態でした。

ベゾス氏の大きな戦略転換

――編集主幹になってからわずか8カ月後の2013年8月、ワシントン・ポスト社がアマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏に2億5千万ドル(約250億円)で売却されることになり、メディア界を驚かせました。ワシントン・ポストはその直前の6月にデジタル課金モデルを導入したばかりでしたが、ベゾス氏が乗り込んできてからどのような改革が始まったのですか。

バロン 彼は最初から最重要かつ根源的なことを実行しました。この新聞の戦略を変えたのです。買収後に彼が最初に語ったことは戦略を変える方針でしたから、おそらく買収する前から持っていたアイデアでしょう。首都ワシントン地域に焦点を絞るというそれまでの戦略は正しくないと考えていたのです。我々は経済基盤の全てをインターネットに破壊され、広告収入も失い、苦境のさなかにいました。しかし、彼の言葉を借りれば、インターネットは我々に一つの贈り物(gift)を与えてくれました。ほとんどコストをかけずに国内、海外のどこにでもニュースを届けられ、プリント版を刷らずに全国紙あるいは国際紙になれるという贈り物です。同時に、ワシントン・ポストはこの恵みを生かせる立ち位置にいました。まず、全国紙あるいは国際紙にふさわしく米国の首都を拠点としていたことです。また、そうなるにはうってつけのワシントン・ポストという媒体名を持っていました。全ての新聞社がこうした名前を持っているわけではありません。さらに、ベゾス氏の言葉を借りれば、「闇を照らす(shining a light in dark corners)」という調査報道の歴史と伝統を持っていました。その伝統はニクソン政権時代のウォーターゲート事件の報道にさかのぼります。実際にはほとんどの米国人がワシントン・ポストを読んでいなくても米国社会の中でこの新聞のアイデンティティーは確立されていました。

 ベゾス氏は、戦略に沿った正しい取り組みには投資すると語りました。彼は二つの要素を満たすアイデアを求めました。一つは単に地域的な読者ではなく、全国の人々に訴求するもの。もう一つは、若い世代を引きつけるもの。我々は若い読者を必要としていました。若い世代を開拓しなければ、20年後には読者はいなくなってしまいます。そこで我々はベゾス氏が求めた要素を満たす一連のアイデアを提案し、彼は了承しました。

――具体的には?

バロン氏はジャーナリズムの基本理念を保ちつつ、インターネット時代に即したニュースの届け方の必要性を説きます。インタビュー後半では、アマゾン創業者に買収されたワシントン・ポストがどのように変わったのか、実例と変革の理念を紹介します。

バロン 一つはインターネット…

この記事は有料会員記事です。残り3767文字有料会員になると続きをお読みいただけます。

【無料会員限定】スタンダードコース(月額1,980円)が3カ月間月額100円!詳しくはこちら