NYTはなぜよみがえったか 独自性が競争力の原点 カーン編集局長

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聞き手・城俊雄
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 インターネットの影響による部数と広告収入の落ち込みにリーマン・ショックが重なり、2009年には経営難に陥ったニューヨーク・タイムズメキシコの大富豪の融資などで危機を乗り切り、11年には電子版の有料化に踏み切った。16年ごろからトランプ政権の4年間を挟んで購読者数を大きく伸ばしている。多くのメディアがデジタル化で苦戦する中で、米国を代表する同紙は自らのジャーナリズムをどう改革し、ネット時代を切り開いたのか。ジョセフ・カーン編集局長に聞いた。(聞き手・国際担当補佐 城俊雄)

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2021年10月、オンラインでのインタビューに答えるニューヨーク・タイムズのジョセフ・カーン編集局長

ジョセフ・カーン(Joseph Kahn)さん略歴

1964年生まれ。ニューヨーク・タイムズ編集局長(2016年9月から)。ダラス・モーニングニュースなどの記者を経て98年にニューヨーク・タイムズに入社。03年から07年まで北京支局長。06年に中国の司法システムの問題点に光を当てた一連の報道をめぐりピュリツァー賞を受賞。

ニューヨーク・タイムズ ジョセフ・カーン編集局長インタビュー(Journalism1月号抄録)

――ニューヨーク・タイムズ電子版の購読者数は500万人を超え、堅調に伸び続けています。電子版を有料にしてから約11年が経過しましたが、編集部門はどう変わりましたか。

カーン 10年前に比べれば、現在のニューヨーク・タイムズのニュースの伝え方や表現方法(storytelling)は格段に多様化しました。グラフィックや写真、動画、アニメーションなどを含めたマルチメディア型の報道や双方向性のあるコンテンツの領域では、かつての我々の存在感は今よりもはるかに小さいものでした。また、以前は音声コンテンツへの大きな投資や取り組みはありませんでした。今、我々の日々のニュースの中でこうしたコンテンツが占める割合は大きく増え、多くの記者たちもマルチメディア型の仕事に関わるようになっており、編集部門の仕事に占める比重も非常に高まっています。こうしたコンテンツは紙の新聞には掲載されないケースもしばしばあります。

 音声コンテンツへの投資は5年前ぐらいから本格化させ、音声部門は大きく成長しました。我々のポッドキャストの「The Daily(ザ・デイリー)」は、ニュース系ポッドキャストとしては米国で最も多くのリスナーを獲得しています。音声を使ったさまざまなコンテンツへも大きな投資をしています。

――ひと昔前のニュースルーム(編集部門)とは隔世の感がありますか。

大幅に減ったプリント版の重要性

カーン 10年前と比較すれば、紙の新聞の重要性は大幅に小さくなっていると思います。とはいえ、「デジタルへの移行が完成した」と言えば、正直に答えているとは言えないでしょう。率直に言って、まだ紙の新聞のことを考えて仕事をしている記者はたくさんいます。真にデジタルファーストを実現した編集部門ではジャーナリストたちは自分の記事がプリント版(紙媒体)のどこに掲載されるか、あるいはプリント版の重要性といったことを気にしなくなる、と私は考えています。その意味でデジタル化のプロセスはまだ続いています。

――デジタル化で大きく飛躍したニューヨーク・タイムズでも、組織カルチャーの変革には時間がかかるということですか。

カーン 我々のように長い歴史を持つ大きな新聞社には紙の時代にジャーナリストとして育った人たちがまだたくさんいます。つい最近まで紙面のことばかり考えていた人たちです。ひと声号令をかければ、一夜にして全てが変わるというものではありません。だから、さまざまな取り組みを進めながら紙の新聞時代の古い「プリント・アイデンティティー」と決別し始めたのです。

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ニューヨーク・タイムズの編集部門(Jeenah Moon/The New York Times)

――ニューヨーク・タイムズといえば、2014年にまとめた社内文書の「イノベーションリポート」が注目されてきましたが、実は17年にも「Journalism That Stands Apart(屹立(きつりつ)するジャーナリズム)」と題する重要なリポートを作成し、自らのジャーナリズムについて「大きなインパクトを持たず読者を引きつけない記事が多すぎる」と厳しく批判しました。こうした自己批判を踏まえ現在はどのような取り組みに力を入れていますか。

カーン ひとつには、約2年前からさまざまなテーマをめぐって「Live(ライブ)」という形式の報道を展開しています。我々の伝統である長文記事ではなく、さまざまな情報を素早く短くまとめて伝えています。動画や写真のほか、記者たちのツイートも組み込んでいます。重要なニュースが発生した時にはLiveがこれまでより大きな比重を占めるようになっています。これらはニュースの伝え方における大きな進化だと思っています。これまでニューヨーク・タイムズのプリント版を読んだことがなく、デジタル版を通じて我々を知っている読者の(ユーザー)体験をさらに豊かにするデジタル報道の際立った特徴と言えます。Liveで展開するコンテンツはプリント版とは直接関係していませんから、プリント版に注力していれば、こうした取り組みはきちんとできなかったでしょう。

マルチメディア型報道が変える仕事

――ジャーナリストたちの仕事の中身も大きく変わっていますか。

カーン 我々はマルチメディア型の報道や音声コンテンツに大きく投資してきました。こうしたコンテンツはプリント版に掲載される場合もありますが、載らないケースもしばしばあります。ポッドキャストを含め、こうしたデジタルコンテンツに触れた読者や視聴者から多くの好意的なフィードバックが記者やエディターたちに寄せられています。例えば、映像などを組み合わせて(21年)1月6日の米議会襲撃事件の真相を明らかにした調査報道もマルチメディア型の取り組みの一例です。こうしたコンテンツには非常に大きなインパクトがあり、時間が経つにつれ、より多くのジャーナリストたちが、こうしたニュースの伝え方こそ、まさに彼らの腕の見せどころであり、プリント版に勝るかもしれない良さがあると気づき始めます。特に若いジャーナリストたちはそう感じていますが、古い世代にもこうしたことを真に理解して、熱心に取り組むようになっているジャーナリストたちがいます。組織カルチャーの変革も号令をかけるだけで実現するものではなく、デジタルでのニュースの伝え方に取り組んで経験を積み、こうした報道に磨きをかけていく中で、デジタル化への求心力が高まり、プリント版は我々の仕事の単なる一部であり、主要な位置を占めていないことを理解するようになります。

――無料で読める記事がたくさんある現在のネット環境の中で、多くのメディアが課金モデルを導入していますが、有料読者の開拓に苦労しています。マルチメディア型のコンテンツへの取り組みも含めニューヨーク・タイムズのジャーナリズムの競争力についてどうお考えですか。

一時は経営難に陥ったニューヨーク・タイムズですが、デジタル化を進めて購読者を伸ばし、動画や音声といった表現方法でも存在感を増しています。記事後半では、こうした改革の根底にあるタイムズの独自性を語ってもらいました。

カーン 我々は徹底して独自報…

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