勝てなくても、落下しても……内村航平の魅力を深めたリオ後の5年

山口史朗
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 悲鳴にも近い歓声と大きな拍手がわき起こった。会場で取材しながら、全身に鳥肌が立った。

 昨年10月24日、北九州市で行われた体操の世界選手権で内村航平が鉄棒の着地をピタリと止めた瞬間だ。

 内村自身が「会心の一撃。あの感じは本当に久々だった」と振り返る完璧な着地。演技全体では細かい減点が響いて6位だったが、体育館を最もわかせたのは、間違いなく内村だった。

 観客の心を震わせたのは、それまでの過程があるからだ。

 個人総合で世界選手権を6連覇するなど、「無敵」だった内村が勝てなくなったのは2016年のリオデジャネイロ五輪後だ。

 17年世界選手権は足のケガで途中棄権した。19年は国内予選で敗退。鉄棒1本に絞った昨夏の東京五輪では予選で落下し、わずか数十秒で敗退が決まった。

 「このままじゃ無理」「今は何もやりたくない」「僕はもう主役じゃない」――。負ける度に、直後は弱気な言葉を吐いた。

 だが、必ずと言っていいほど、翌日も練習へ向かった。

 両肩の痛み、できていたことができないイライラと向き合いながら、体の状態に合った練習法や感覚を常に模索していた。

 取材ではそんな「新発見」をうれしそうに話し、大会前になれば「着地を止めたい」と前向きな目標を口にするのが内村だった。

 一度は頂点に立った選手が、もがき苦しみながら、「うまくなりたい」という原点を忘れることなく、鉄棒に向き合い続けた。

 その結果、世界選手権の大舞台で再び着地を決めることができた。そこに、感動があった。

 できないことができるようになる。昨日よりも上達する。うまくなることを目指して、考え、練習を積み重ねる中で心身を成長させていくことこそ、スポーツの大きな価値だ。

 内村は世界選手権の演技後に言った。

 「五輪で金メダルを取るのが最大の目標で、結果にもこだわってやるのが当然だと思ってやってきた。でも、きょうメダルが取れなかったけど、一番お客さんを味方につける演技ができた。そこ(結果)じゃないんだな」

 勝てなくなっても、内村航平というアスリートの魅力を深めたリオ後の5年間だった。山口史朗

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    遠藤謙
    (エンジニア)
    2022年1月11日17時44分 投稿

    【視点】スポーツ選手にとって、競技で結果を残すことと競技を通じて社会に影響力を与えることは少し異なる。内村選手は結果だけでなく、日本の体操競技に大きな変化をもたらせてくれた。体操競技に詳しくなくとも彼の名前を知っている人は多い。私自身、アスリートと