99年、生き切った先生へ 寂聴さんとの最期の日々、秘書の瀬尾さん

有料会員記事

[PR]

 昨年11月9日に99歳で亡くなった作家で僧侶の瀬戸内寂聴さん。本紙連載エッセー「寂聴 残された日々」などの執筆を続けた最晩年の思い出を、秘書の瀬尾まなほさんに寄稿してもらった。

 いつかは来る別れの日がこんな急にくるなんて……。瀬戸内寂聴先生との別れは、急なことであった。近親者のみの密葬、京都・寂庵(じゃくあん)での偲(しの)ぶ会、天台宗の本葬、そして先日四十九日を無事に済ませた。

 忙しくしている最中、「悲しむ余裕も暇もない」と嘆いていたけれど、ひと段落ついた今は逆に、落ち着かない。忙しさを理由に、先生が死んだという事実から私は目を背けていた。そのことを真正面から受け入れてしまえば、たちまち自分自身が深い悲しみの沼へと沈み込んでしまい、そこから一生這(は)い上がれない気がしたからだ。

 事実と向き合うのは後にして、とやるべきことに集中していても、時々泣きたくなると気を紛らわし、平気なふりを続けている。こんなに忙しくなったのは先生が亡くなったからなのに、先生が亡くなったことを認めたくない自分が今もいる。

 先生は9月末に風邪をこじら…

この記事は有料会員記事です。残り1020文字有料会員になると続きをお読みいただけます。
  • commentatorHeader
    磯野真穂
    (人類学者=文化人類学・医療人類学)
    2022年1月12日11時3分 投稿

    【視点】貝原益軒の『養生訓』にはしばしば「天寿」という言葉が現れます。自分にはどうにもならない、与えられた命の長さと捉えて良いでしょう。 とはいえ、あらかじめ決まっているのだから、適当に過ごせば良いと言っているわけではありません。天寿をまっと