「ロッキン」フェス、移転の背景は 地元打撃「年商の半分が…」

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定塚遼
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 日本最大級の音楽フェス「ロック・イン・ジャパン・フェスティバル」が、20年間続けてきた茨城県ひたちなか市での開催をあきらめ、千葉市への移転を決断した。背景には、コロナ禍の中での地元との合意形成の難しさが浮かび上がる。

 「ロック・イン・ジャパンを存続させるためには、この選択肢しかなかった」。5日、渋谷陽一・総合プロデューサーのコメントと共に、今年から開催地が千葉市蘇我スポーツ公園になると発表された。「ロッキン」と呼ばれるこのフェス=ひたちなかというイメージは定着しており、音楽ファンに衝撃が走った。

 1997年に始まった洋楽中心のフジロック・フェスティバルに対し、邦楽のフェスとして2000年に始まり、ひたちなか市の国営ひたち海浜公園で毎夏開催を続けてきた。雑誌「ロッキング・オン・ジャパン」「ロッキング・オン」などを発行するロッキング・オン・グループの企業が企画制作し、茨城県やひたちなか市が後援に入った。第1回は2日間で6万人だった観客動員は年々拡大し、19年には5日間で33万人超。フジロック(約13万人)、サマーソニック(約30万人)を動員数で上回る日本最大級のフェスへと成長した。出版業界が低迷する中で、新規事業として拡大を続けたフェスの存在は、経営的にも非常に大きな意味を持った。

 コロナ下で20年は開催を見送ったが、21年は規模を縮小した形での開催を決め、地元自治体と協議を重ねながら、準備を進めていた。

 だが、開催1カ月前、茨城県医師会の会長が、ひたちなか市医師会の代表者らとともに、要請書を持ってフェスの主催に入っている茨城放送を訪れた。手渡した紙にはこう書かれていた。

記事の後半では、地元の被る経済的損失の試算、さらに今後、フェスの誘致合戦が起きる可能性を指摘する識者の声を紹介します。

 1「今後の感染拡大状況に応…

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