「肺炎球菌」はなぜ、細菌の王?乳児と高齢者がワクチンを打つわけは

染方史郎
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 今回ご紹介するのは、肺炎界のドン、肺炎球菌です。大学の講義では最初に教える、基本中の基本の細菌です。いったい、どんな細菌なのでしょうか。朝日新聞アピタルコラム「染方史郎の細菌どうなの」です。

細菌の基本「肺炎球菌」

 以前ご紹介したインフルエンザ菌は女王様でしたが、肺炎球菌は王様的な存在です。なので、キャラクター名は、「ハイエンキューキン王」です。バイキンガム宮殿に住んでいる王様です。

 名前の通り、肺炎を起こす代表的な細菌です。新型コロナウイルス感染症で、「肺炎と言えばコロナ」になりつつありますが、一般的な肺炎の原因としては、肺炎球菌が最多です。

 肺炎球菌は、便や尿の中では生きられません。そのため、消化器や尿路の感染症を起こすことはありません。

 しかし、肺炎以外にも、中耳炎副鼻腔(ふくびくう)炎などの原因となります。呼吸器感染症以外には、菌血症や髄膜炎の原因にもなります。

 菌血症は文字通り、血液の中に菌が入り込んだ状態です。髄膜は脳と脊髄(せきずい)を覆っている膜ですので、髄膜炎は脳の手前まで細菌が攻め込んでいる状態と言えます。菌血症や髄膜炎を総称して、侵襲性感染症という場合もあります。非常に危険な感染症の一つです。

 ヒブ・肺炎球菌ワクチンという言葉を聞いたことがあるかもしれません。ヒブは以前ご紹介したb型インフルエンザ菌のことです。ヒブ・肺炎球菌ワクチンは、いずれも乳児から幼児の髄膜炎を予防するためのワクチンです。ワクチンについては後述します。

肺炎球菌は「美食」

 インフルエンザ菌と同様、体内、とくに気道の中は大好きですが、ひとたび環境中に放出されると、長居することはできません。

 「美食家の王様」ですので、体の外で菌を育てるにはごちそうが必要です。

 肺炎球菌の大好物は血液で、血液入りの寒天培地(血液寒天培地)で培養をします。肺炎球菌は、連載開始時の4月、最初にご紹介した溶血性連鎖球菌(溶連菌)の仲間で、血液中の赤血球を溶かすことができます。赤血球は鉄分などの細菌の成長に必要な栄養分が豊富に含まれており、赤血球の中身を吸い取って成長するわけです。いかにも王様らしいごちそうです。

 先述の溶連菌は、グラム染色という方法で、青く染まる球形の菌が、一列に連鎖している細菌です。グラム染色では、青く染まる菌をグラム陽性、赤く染まる菌をグラム陰性と呼んでいます。

 また、溶連菌の場合は四つ以上連鎖していますが、肺炎球菌の場合は連鎖が二つのみとなっていることが多いのが特徴です。グラム陽性で2個つながっている、つまり、ポジティブで、ニコニコしている、というイメージで描いたものが「ハイエンキューキン王」のキャラクターです。

美食家でもあり、おしゃれでもある

 肺炎球菌は、とても豪勢な食事が好きである、というだけではなく、おしゃれにもこだわっています。

 前回、インフルエンザ菌で、ネバネバとサラサラをご紹介しましたが、ネバネバの正体は、「莢膜(きょうまく)」と呼ばれるお召し物です。多糖類でできており、ちょうど水あめのような構造をしています。

 インフルエンザ菌の莢膜は6着のみですが、肺炎球菌の場合には、90着以上を着こなします。もちろん、おしゃれのために莢膜を着ているわけではなく、莢膜には優れた機能があります。

 ヒトには病原体と立ち向かうための免疫機構が備わっています。みなさんご存じの白血球が代表ですね。白血球の一部は、病原体を見つけてはパクッと食べて病気を起こさないようにしています。

 肺炎球菌も、白血球が食べてくれることで、病気が起こりにくくなっています。白血球は、病原体の表面を認識して、それを食べていいのかどうか見分けています。

人間の反撃「おしゃれを逆手に」

 ところが、莢膜を着ている病原体は、白血球に認識されにくい、という特徴があります。莢膜は、いわば「隠れみの」です。白血球は怪しそうな気配を感じつつも、肺炎球菌が悪さをしているとは認識できず、食べることができません。

 ところが、この隠れみのも、ずっと有効なわけではありません。

 白血球の中には、高度な免疫機構を持つ者がおり、侵入者の痕跡をかぎ分けます。隠れみのを手がかりに、肺炎球菌を指名手配する感じです。

 いったん肺炎球菌が指名手配されると、白血球が処理できるようになります。通常は、感染することによって高度な免疫を獲得しますが、人工的にかかった状況を作り出すことができます。それが、ワクチンです。

 90種類の莢膜のうち、髄膜炎という危険な感染症を起こしやすい13種類、もしくは、肺炎を起こしやすい23種類の莢膜を選んでワクチンにしています。それぞれ、PCV13(プレベナー13)とPPV23(ニューモバックスNP)と呼ばれています。莢膜の一部を接種して、免疫に覚えてもらうわけです。

 PCV13を接種するのは、通常、乳児です。生後2カ月から接種を開始し、合計で4回接種を行います。

 ただ、免疫が未発達の乳幼児では、莢膜だけではうまく予防効果が得られません。そのため、ジフテリア菌という細菌の毒素を加工したジフテリアトキソイドを莢膜にくっつけ、免疫効果を増強する工夫がされています。

 また、この工夫により、1回目より2回目、2回目よりも3回目と接種回数が増えるごとに免疫を活性化する作用が高まる、「追加免疫効果(ブースター効果)」が得られます。追加免疫効果とは、免疫の記憶によるもので、効果のことを言います。ちなみに、新型コロナウイルス感染症のワクチンにも追加免疫効果があります。

 一方、PPV23は、高齢者の肺炎を予防するためのワクチンです。PPV23は、PCV13のような工夫がされておらず、莢膜のみを用いています。そのため、小児における免疫効果が弱く、小児用としては用いません。また、追加免疫効果がほとんど期待できません。一定の年齢(通常は65歳)を過ぎると、5年に一度接種することが推奨されています。

尿で肺炎がわかる?

 莢膜は、ワクチンだけではなく、肺炎の診断にも使われています。肺炎の原因菌のうち、肺炎球菌とレジオネラは、おしっこで検査をすることができます。

 肺の病気が尿でわかるなんて、不思議だと思いませんか。菌がめぐりめぐって尿の中に出現するわけではありません。

 特に、肺炎球菌は王様ですから、便や尿の中にはいません。しかし、肺炎球菌の莢膜の一部、つまり、お召し物の切れ端が、血液の中をめぐり、やがて尿中に排出されます。「尿中抗原検査」と呼ばれる検査法です。

 尿は、血液中の不要物を外に排泄(はいせつ)する機能を持っていますが、その際に、不要物を濃縮して排出します。そのため、莢膜の成分が濃縮されて、検出されやすくなる、という効果もあります。

 また、尿検査は、血液検査と比べて痛くもかゆくもなく、体への負担はほとんどありません。しかも、検査の原理は、インフルエンザの検査と同じで、結果も非常に早く分かります(10~15分程度)。

 このように、細菌の研究は、単なる興味にとどまることなく、ワクチンや診断の開発に役立てられています。(染方史郎)

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染方史郎
染方史郎(そめかた・しろう)大阪市立大学大学院医学研究科細菌学教授
本名・金子幸弘。1997年長崎大医学部卒。国立感染症研究所などを経て、2014年から現職。薬が効かない「薬剤耐性菌」の研究をしています。また、染方史郎の名前で、オリジナルキャラクター「バイキンズ®」で、細菌をわかりやすく伝えています。著書「染方史郎の楽しく覚えず好きになる 感じる細菌学x抗菌薬」(じほう)。オリジナルLINEスタンプも発売中。