第3回コロナが生んだシンギュラリティー 個人の自由は小さくなり続けるか

有料会員記事

聞き手・竹野内崇宏
[PR]

 コロナ禍で一気に進んだデジタル化。監視と自由、幸福の関係を長年研究してきた法哲学者の大屋雄裕・慶応大教授は、その三つの関係がコロナ禍で大きく変わり、「コミュニケーションのシンギュラリティー(特異点)が起きた」と指摘します。

 デジタル化が進み、誰もが「つながる」ようになりました。一方、悪意がなくても、他者が「自分の生命に影響しうる存在」となり、安心安全を守るために「監視」を受け入れるようになってきた、と大屋教授は分析します。

 どういうことでしょうか。

 ――コロナ禍で日本社会や人々の関係にどのような変化が生まれたでしょうか。

 人々の密、すなわち「つながり」が流行の原因となった新型コロナによって、未来からはコミュニケーションのシンギュラリティーが起きた時代だと振り返られると思います。

 コロナ禍でリアルの関係が断たれ、社会のほとんどの人がオンラインでつながることを強制され、受け入れた。2年前までは直接会って話すことが前提だったのに、今では対面で会うことに理由が必要とされる社会になりました。たとえ感染症としてのコロナを克服したとしても、コミュニケーションにデジタル技術を使わない社会に戻ることはないでしょう。

自由と監視、幸福感の変化

 ――パソコンのカメラを使ったウェブ会議や、AI(人工知能)による街頭でのマスク着用チェックなどは、便利や安心につながる一方で、以前なら「監視」と感じたかもしれない技術ではないでしょうか。

コロナ禍によって、職場でも、家でも、デジタル化が一気に進みました。技術革新は、私たちの生活を幸せにするのか。そのためには何が必要なのか。第一線の研究者たちの論考をお届けします。

 デジタル化によって進んでい…

この記事は有料会員記事です。残り1554文字有料会員になると続きをお読みいただけます。