想像超えた震災の現実、あの日から描けなくなった 日本沈没の漫画家

阪神・淡路大震災

聞き手・狩野浩平
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 阪神・淡路大震災から17日で27年。大地震は人々の価値観をも揺るがし、小説や映画など様々な創作に影響を与えた。当時はまだ娯楽のイメージが強かった漫画も、例外ではない。何を思ってペンを執ったのか。小説「日本沈没」(1973年)の漫画版を手がけた一色登希彦さんに聞いた。

 漫画版の物語の骨格は原作と同じです。しかし、描く上では、95年の阪神大震災を強く意識しました。

 当時は東京で漫画家のアシスタントをしていて、発生から約2週間後に神戸にボランティアに行きました。何かしたかったけど、何もできなかった。10年近くたってから、そのときの経験を漫画に描きました。

 その後出版社から、2006年の映画版「日本沈没」に合わせて漫画版を描いてほしい、と依頼されます。私は「自分なりの日本沈没を描かせてください」と言って引き受けました。

 舞台は21世紀の日本、主人公は阪神大震災で家族を失ったという設定にしました。彼には震災の記憶が刻み込まれているが、社会は教訓を忘れ、度重なる災害で多くの死者を出します。

 大災害が起きても多くの人が「傍観者」で、学ばない。私が社会に抱く違和感を表現しました。

 そして11年、東日本大震災が起きます。私は放射能が怖くて三重県に移住し、今は飲食店をしています。

 漫画家を引退したつもりはないんですが、描けなくなってしまったんです。

 「日本沈没」でひどい災害をさんざん描いたのに、現実が軽く追い越してしまった。今後はどんな内容の漫画でも、3・11を経験した世界を描かなければいけない。想像を超える悲惨さを見せつけられ、どう描けばいいのか、わからなくなりました。

 コロナ禍も想像を超える災いですが、震災と通じる教訓が生かされていないと感じます。歴史を知り、科学的に分析し、楽観せずに対処するという姿勢です。

 改めて過去の災害から学び直すことが必要です。国土が沈没でもしないと「当事者」になれないようでは、未来がなさ過ぎます。(聞き手・狩野浩平)

     ◇

 いしき・ときひこ 東京都出身。競馬を題材にした「ダービージョッキー」や、オートバイ乗りを描いた「モーティヴ」など。27年前は神戸市勤労会館内の図書館で、各地から集まったボランティアと寝泊まりした。

漫画版「日本沈没」のあらすじ

 舞台は21世紀初頭の日本。深海潜水艇乗りの主人公・小野寺俊夫は、東京・新宿で、雑居ビルが突如地中にのみ込まれるという現象に出くわす。同じ現場に遭遇した地球物理学者の田所雄介とともに日本海溝を調査すると、静かなはずの深海で異変が起きていた。まもなく日本は相次ぐ大災害に襲われ、国土は沈没。国民は海外への脱出を迫られる。

1.17 再現/阪神・淡路大震災

1.17 再現/阪神・淡路大震災

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