裁判長が弁護士の電源利用を止めてはいけない理由 問われる法の支配

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憲法季評 法哲学者・松尾陽さん

 昨年9月末、ある刑事事件の法廷での出来事である。弁護士(刑事では、弁護人と呼ばれる)がパソコンを法廷内のコンセントにつないで使っていたところ、裁判長が「国の電気だから使用してはならない」と制止した(なお、事実問題としていえば、多くの法廷で電源の使用は認められており、このような「決定」は例外的なことのようだ)。

 松尾陽(まつお・よう)さん 1979年生まれ。名古屋大学教授。専門は法哲学。編著に「アーキテクチャと法」。

 その弁護人はこのような「決定」は法廷内における弁護活動を妨げ、日本国憲法37条3項が保障する弁護人依頼権の実効性を損なうとして異議申し立てをした。高裁や最高裁は形式的な理由でこの申し立てを棄却したものの、当該裁判長が謝罪して法廷内の電源の使用を認めることによって一応の決着をみた。

 この出来事は司法や裁判の根幹の理解に関わる。少なからぬ人びとは弁護士の活動を私的なものと理解していないだろうか。また報道では、本件の刑事事件としての側面に焦点があてられ、刑事弁護の公的性格が強調されていた。しかし、民事事件だったなら、どうなっていたのか。

 思い起こされるのは、旧共産…

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