第14回歓楽街へ渡る罪悪感生んだ国道という「境界」 経営者たちの奮闘

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佐野楓、佐藤亜季
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 全国有数の歓楽街、札幌「ススキノ」。

 有名なニッカウヰスキーの大きな電飾看板がある、すすきの交差点を通るのが「国道36号」だ。

 コロナ禍が始まってから9カ月ほどが過ぎた2020年11月。札幌市の新規感染者は初めて100人を超え、ススキノでは接待を伴う店でクラスター(感染者集団)の発生が相次いでいた。そんなころ聞かれた言葉があった。

 「36号線を渡るな」

 ススキノ地区は国道の南北にまたがるが、南側にはとりわけ飲食店が集まり、「ススキノ」といえば南側をさすことが多い。国道が、オフィスや買い物施設が多い北側との「境界線」となり、人々の間に心理的な壁ができていた。

 すすきの交差点から南へ数分歩いたところに、宮殿のような外観の建物がある。夜間営業の高級カラオケボックス店「レストランカラオケ エルカーサ」だ。

 「2年ぶりに来たよ。大変だろうけど、頑張って」

 昨年12月中旬の夜、照明を暗く落としてジャズが流れるフロントで、4人連れの男性客が、アクリル板越しに出迎えた店長の田川英人さん(53)に声をかけた。感染拡大の「第5波」が終息し、客が戻りつつあった。

 店では現在、22部屋ある個室のうち空室は扉を開け放し、客の入れ替えには最低30分の間隔をあける。各室に加湿器を置き、客や従業員の手が触れる部分は入念にアルコール消毒をしている。

 「カラオケ エルサハラ」として開店したのはほぼ四半世紀前、1997年11月20日のことだ。その3日前には、北海道拓殖銀行経営破綻(はたん)していた。隣接するディスコの運営会社が立ち上げ、その支配人だった田川さんがカラオケを任された。

 他店と一線を画すため、料理人を置き、接客に力を入れた高級路線をめざした。結婚式や企業の宴会の2次会場として重宝された。その後、田川さん自身で運営会社を起こした。

 拓銀破綻後もリーマン・ショックがあり、苦しい時期を経験した。それでも常連客がついていたのが幸いし、赤字になることはなかった。

 だが、コロナ禍は違った。

 2020年2月、「さっぽろ雪まつり」をきっかけに全国に先駆けて感染が広がった。

 「ただごとじゃない」。田川さんの予感は的中した。2月28日、北海道の鈴木直道知事が会見を開き、3月19日を期限とする独自の「緊急事態宣言」を発表した。

 その夜、キャンセルの電話が鳴りやまなかった。歓送迎会シーズンで上々だった3月の予約は1件も残らなかった。

 経営は悪化の一途をたどった。東京など7都府県に出されていた政府の緊急事態宣言は、4月16日には全国に拡大された。その月の29日に店を閉め、運営会社の倒産を裁判所に申請した。帝国データバンクによると、北海道内のカラオケ店では初めてのコロナ関連の倒産となった。

 エルカーサの入る建物を所有する不動産会社「すすきのプラザ」の坂下修社長(79)は半世紀にわたり、ススキノで事業を手がけてきた。全国チェーンのカラオケ大手からも居抜きで借りたいと問い合わせがきた。だが、「エルカーサのともしびを消したくない」。「うちの会社で直営するから、もう一度店長をやってくれないか」という坂下社長の申し出を田川さんは引き受けた。

 準備に半年かけ、リニューアルオープンしたのが11月13日。ススキノの酒類を提供する店には直前の7日から、営業時間と酒類提供時間を「午後10時まで」とする要請が出ていた。

 「すぐにでもお店に行きたいけど、会社から『36号線を渡るな』と言われていて、ススキノには行けない」

 客に言われたのはそのころだ…

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