海部元首相、最後のインタビュー 記者に語った「寂しさ」と「遺言」

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岩尾真宏
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 9日に死去した海部俊樹元首相は、平成元(1989)年に首相に就任した。その海部氏が平成の最後を迎えるにあたり、胸中に去来するものをうかがいたいとして、平成最後の年末である2018年暮れに2回にわたり、取材に応じてもらった。結果的に朝日新聞での海部氏の最後のインタビュー取材となった。政治改革、湾岸戦争、冷戦終結……トレードマークとしていた水玉のネクタイさながらに、激動の平成政治史を点描するような語りだった。

 国会議事堂近くのビルの一室にある海部氏の事務所を訪ねると、カジュアルなベージュ色のジャケット姿の海部氏は静かに机に向かっていた。胸元にはもちろん水玉のネクタイがあった。病気の影響で、声が出にくくはなっていたものの、演説を得意としていた往時をほうふつとさせるような張りのある声で、「総理になった忘れられん年だ」として、「平成元年」の思い出から語り始めた。

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冷戦終結直後から湾岸戦争前夜までの激動期の極秘文書。世界から動向が注視された経済大国・日本のかじ取りに迫る。

 この年の1月7日に昭和天皇が逝去し、元号が「平成」となった。「平成になっても空気の色も変わらないし、においも変わらない。何も変わらないと思ったよ」。そう振り返った海部氏だったが、自らを取り巻く状況はその後に急変していく。

 4月に消費税がスタートしたものの、竹下登元首相をリクルート問題が直撃して退陣。後継の宇野宗佑元首相は自らの女性問題などもあり、同年7月の参院選自民党が大敗した。師と仰ぐ三木武夫元首相と同様に「クリーンさ」をウリにしていた海部氏に首相の座が巡ってきた。

「そういうことになっちゃった」

 「総理になるなんて全く思っ…

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