今だったら絶対つけない「シッキン」の名前 15周年とこれから

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聞き手・松本紗知
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 お客さんが失禁するぐらい、すごいショーを見せたい――。20代前半だった4人が結成した「シッキン」は、時を経て、日本を代表するダンスチームの一つとして国内外に知られる存在になりました。ところが「s**t kingz(シットキングス)」という名前は、メンバーによると「今だったら絶対につけない名前」。今年15周年を迎える「シッキン」の4人に、これまでについて、そしてこれからについて、語ってもらいました。

shoji(1984年生まれ)、kazuki(86年生まれ)、NOPPO(86年生まれ)、Oguri(87年生まれ)の4人が2007年10月に結成。アメリカのダンスコンテスト「BODY ROCK」で10、11年と2年連続優勝。V6、ジャニーズWEST、東方神起、AAAなど、これまで手がけた国内外のアーティストの振り付けは300曲以上にのぼる。一方で、13年からは毎年のように単独公演を開催し、ダンサーである自分たちが主体となった表現に取り組み続けている。

「ここにいちゃだめだ」とアメリカへ

――みなさんがそれぞれ、ダンスを仕事にしようと決心したタイミングはいつでしたか。

Oguri 僕は09年、初めてシットキングスとして、ヨーロッパでワークショップをしたころですね。大学を卒業して、就職するのか、ダンサーを続けるのか…と、いろいろ考えていた時期だったんですが、「このままこのチームで、やれるところまでやってみたい」と思いました。

kazuki 僕は「思ってた」で言ったら、ダンス始めた瞬間から思ってました。小学生なので、どんな仕事があるかも全然知らない。でも、ざっくりと「ダンサーになりたい」とは、ずっと思っていましたね。

NOPPO 僕は(09年5月に)シットキングスで、アメリカにワークショップとパフォーマンスに行った時かな。仲間といると、いろいろ夢見やすいじゃないですか(笑)いい意味で何も考えなくなりました。「ダンス、やらなきゃ」と。

shoji 僕は大学生の時は、まさか自分がダンスで生活できるとは思ってなかったので、卒業後は就職して、仕事をしながらダンスをやっていました。でも、自分が仕事をしている間、1年のうちの2、3カ月、メンバーがアメリカに行っちゃうんですよ。ものすごくダンスがうまくなって帰ってくるし、向こうのレッスンを受けた動画が、毎日のようにYouTubeにアップされる。俺以外の3人が「シットキングス!」って呼ばれて出てきて、みるみる成長しているのを見て、自分だけ取り残されてる感覚がありました。

 ダンスで生活できる保証は何もなくて、プロになれるかどうかもわからなかったんですけど、とにかく「俺もダンスうまくなりたい」「ここにいちゃだめだ」と。仕事を辞めて、みんなのいるアメリカに追いかけて行きました。若さゆえに飛び込めたと思いますし、仲間がいたから決断できたと思います。

できれば一回離れようとした「シッキン」

――「お客さんが失禁するぐらいすごいショーをしたい」と、「シッキン」という呼び名が先に決まったとのことですが、そこから「シットキングス」という名前になったのはいつごろでしょうか。

kazuki チームとしてや…

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