世界遺産の奈良・興福寺も空襲に備えた 戦時中に掘られた穴見つかる

岡田匠
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 世界遺産興福寺奈良市)の境内で、戦時中に作られたとみられる長方形の穴が見つかった。調査した奈良文化財研究所(奈文研)や興福寺によると、爆風よけか防火用の水槽という。奈文研の目黒新悟研究員は「仏像や寺宝、寺の歴史、宗教行為を守るための戦時中の施設と思われ、意義深い」と話す。

 奈文研は2021年7~11月、東金堂(国宝)の西正面の約260平方メートルを調べ、平安末期の南都焼き打ち後に再建された門や回廊の遺構を確認した。この遺構から長さ約5・3メートル、幅約1メートル、深さ約0・9メートルの穴が見つかった。両端は階段状に削り出されていた。

 戦時中の僧侶が書いた日誌には、1943年10月18日、住民らでつくる警防団の要請で東金堂の横をはじめ境内5カ所に爆風よけを設け、44年8月26日には東金堂の周辺に水槽を作ったという記録が残る。

 45年3月23日には、県の指示で境内3カ所にため池を設置した。このとき、奈良刑務所の受刑者が作業にあたった。その後、仏像疎開が始まり、7月には受刑者による搬送で阿修羅像などを吉野に移した。

 奈文研によると、見つかった穴は43年の爆風よけか44年の水槽のどちらかとみられる。興福寺によると、穴は戦後に埋められた。これまでの発掘調査でも、北円堂や西室の周囲で防空壕(ごう)とみられる穴が確認されているという。

 興福寺の多川良俊(りょうしゅん)執事長は「43年4月8日の仏生会は警戒警報が鳴って参拝者なしという記録も残っている。戦況が悪化し、お寺でも爆風よけや防火槽を作って本土空襲に備えていたことがわかる。戦争という悲惨な時代があったことを忘れないでほしい」と話す。(岡田匠)