国産ワインに挑んだ男の夢が詰まった城… それが牛久シャトー

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文・伊藤良渓、写真・池田良
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 明治時代、未開の国産ワイン造りに挑んだ実業家がいた。瀟洒(しょうしゃ)な建物の半地下で熟成されたワインは、どんな味がしたのだろう。

 洋酒の普及に生涯をかけた実業家の夢が詰まった「城」が、東京・上野からJR常磐線快速で1時間ほどの茨城県南部の牛久市にある。

写真・図版
ワイン醸造場の牛久シャトー。記念館には当時使われていた樽(たる)が展示してある=茨城県牛久市

 フランス様式の赤レンガ造りの建物が、澄んだ冬の青空と美しいコントラストをなす。半地下の暗室には、国産ワインの黎明(れいめい)期を支えた熟成だるが整然と並ぶ。1903(明治36)年に完成した本格的なワイン醸造施設「牛久シャトー」は、三河出身の神谷傳兵衛(でんべえ)(1856~1922)がつくった。

 明治政府の後押しで、山梨県などでブドウ栽培とワイン醸造が始まったが、本格ワインの酸味は日本人の舌に合わず、うまくいっていなかった。

 傳兵衛は、横浜の外国人居留地で洋酒造りを学び、1880(明治13)年、東京・浅草に「日本最古の洋風酒場」と呼ばれる現・神谷バーを開店。翌年には輸入ワインに蜂蜜や漢方薬を加えた甘味ブドウ酒を売って財を成した。

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 次の夢が、ブドウ栽培、醸造…

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