塀の外のステーキ店、高級外車の青年が頼んだ1万円分の料理

池田拓哉
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 窓の向こうに黒羽刑務所の入り口が見える。栃木県大田原市寒井の「ステーキ万味(まるみ)」。昨年のクリスマス。夕日が沈んだころに、店の駐車場に高級外車が止まり、1人の青年が降りてきた。

 青年は店に入ってテーブルに座ると、この店で最も高い栃木産黒毛和牛の270グラムを注文した。カキフライも付けた。計1万1290円。万味では1人でこれだけの金額の食事をする客はめったにいない。

 青年はゆっくりと味わうように1時間ほどかけてステーキを平らげた。それから店の窓の向こう側を真剣な表情で見つめた。すっかり暗くなっていたが、スマホを向け写真を撮った。

 「懐かしいね」。独り言が聞こえてきた。黒羽刑務所を見つめていた。

 青年は、家族で店を経営する石川典子さん(67)に話しかけた。「10年前に出所したんだ。とにかく、腐ってらんないから頑張ったよ。だから一番高い肉が食べられた」。県外からやってきたという。立派な高級外車に、石川さんは青年の意地を感じた。

 万味は1976年、石川さん夫婦が現在の店の近くで開いた食堂が始まり。約15年前に今の場所に移り、長男夫婦と一緒に切り盛りしている。ステーキ、とんかつ、親子丼……。刑務所前なので、以前から出所者や面会人がたまに立ち寄っていた。

 約40年前の出来事は今も鮮明に覚えている。県外の会社員から店に電話が入った。「朝早く店を開けてくれないか」。社長の出所を祝いたいという。

 開店は午前11時だったが、その日は貸し切りにして午前8時に開けた。社員や家族ら十数人が駆けつけ、テーブルに座った社長を囲んだ。カツ丼などを食べ、弾むような笑い声が響いた。みんな、出所を心から喜んでいた。石川さんは一度失敗してもやり直せる人生があると感じた。

 食堂にチャーシューを食べにきた女性もいた。面会した受刑者が「チャーシューのにおいがいいんだ」と女性に話していたという。以前は受刑者が道路沿いのヒバの枝を切りそろえていた。石川さんは言う。「受刑者にとって、においは世間へのあこがれだったんでしょう」

 約3年前まで月1回、面会後に店に立ち寄る高齢の女性がいた。ある日、窓から差し込む西日を見て女性が言った。「こんなきれいな光景があるのね」。ほおを涙が伝っていた。大切な人を待ち続ける苦しさを垣間見た気がした。

 黒羽刑務所は3月に閉鎖され、半世紀の歴史に幕を下ろす。収容されていた受刑者は昨年9月までに別の刑務所に移された。入り口付近のサクラやモミジの木は伐採された。

 クリスマスの日、青年から「店もやめるんですか」と聞かれた。すぐに否定すると、「また来ます」とにっこり笑った。「自分の好きなものを食べられるのは幸せだね」と声をかけると、青年は「本当、そうですよ」。帰り際、車から手を振ってくれた。

 石川さんはうれしさがこみ上げてきた。「人って成長できるんですよ。いくつになっても」(池田拓哉)