家族と住んだ家で1人、事件の準備 61歳の孤独と困窮 放火1カ月

大阪・北新地のビル火災

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 大阪市北区の雑居ビル4階のクリニックで25人が犠牲になった放火殺人事件は17日、発生から1カ月を迎えた。大阪府警が殺人と現住建造物等放火容疑で捜査している谷本盛雄容疑者(61)は事件後、事情聴取ができないまま死亡し、動機などの全容解明は困難になった。あの日、何が起きたのか。

 クリニックから西へ約3・5キロ。大阪市西淀川区の淀川沿いに3階建て住宅が立つ。1987年春、結婚して2年の谷本容疑者が約1200万円のローンを組み、新築で購入した家だ。

 府警などによると、谷本容疑者は板金工として働き、看護師の妻と息子2人とともに約20年間、この家で暮らした。

 転居後の谷本容疑者が一人暮らしになったのは、2008年9月に離婚してからだ。09年9月ごろに元妻に復縁を申し込んだが断られた。10年には勤める工場に連絡なく姿を消した。

 11年4月、元妻宅で長男を出刃包丁で殺そうとし、府警に殺人未遂容疑で逮捕された。包丁計3本や催涙スプレー、ハンマーなどを持ち込んでいた。

 確定した大阪地裁判決は、「寂しさを募らせて孤独感などから自殺を考えるように」なり、「死ぬのが怖くてなかなか自殺に踏み切れなかったため、誰かを殺せば死ねるのではないか」と考えたと認定。懲役4年の実刑判決を受けた。

 判決は社会復帰後について、「当面は孤独な生活をしなければならない可能性」を指摘しながら、「家族以外との関わりを持つことができれば、更生することは十分可能」とした。だが、出所後の社会とのつながりは浮かばない。

社会とのつながり見えず 大量殺傷事件に関心

 更生保護施設を経て、17年2月に父親から相続した大阪市此花区の住宅に移り、3月に現場となったクリニックに通い始めた。「夜眠れない」などと相談していたという。昨年1月に口座残高がゼロになり、5月に電気やガスを止められて家を出ると6月、かつて暮らした西淀川区の住宅に戻ってきた。

 その頃からスマートフォンのアプリに犯行計画とみられるメモを残し始める。「人がいるか確認」「ガソリンを買う」。大量殺傷事件に関する論文も保存していった。現場周辺の防犯カメラには、事件前夜に谷本容疑者とみられる男がコインロッカーにガソリン入りとみられるポリタンクを入れる姿が映っていた。

 昨年12月17日午前9時47分。西淀川区の谷本容疑者の住宅で「煙が出ている」と119番通報があった。府警は、谷本容疑者が家に火を付け、直後に自転車で出たとみている。ガソリンを入れたとみられるポリタンクを積んでいた。

 クリニックまで約1・5キロの商店街の防犯カメラに同9時50分ごろ、谷本容疑者らしき男が映っていた。黒のジャケットにベージュのパンツ姿。マスクを着け、自転車で走る。

 府警によると、男はコインロッカーで隠していたポリタンクを取り出し、計二つに。ビル前で自転車を止め、タンクの紙袋を手に中へ入った。同10時15分、クリニックがある4階で、両手に二つの紙袋を持ってエレベーターから下りた。

「逃げさせない」周到な動き 院内のカメラに男

 クリニックの出入り口はエレベーターと、階段につながる非常口の2カ所。男は紙袋をエレベーター前で傾け、ガソリンにライターで火をつけた。もう一つの紙袋を非常口付近に投げて避難路を塞いだ。

 炎を逃れようと人々は窓のないクリニックの奥へ向かう。突き当たりの外壁には窓枠とはしごがあるが、室内からは開口部が確認できないという。男は出入り口に向かう男性に体当たりし、避難を阻んだ。

 同10時18分に「火が出ている」と119番通報が入る。繁華街での火災に、通報は多数あった。救助隊が駆けつけると、出入り口に最も近い場所で谷本容疑者が倒れ、心肺停止で搬送された他の26人全員が、クリニック中央部の閉じられた扉の奥にいた。亡くなった25人と谷本容疑者の死因はいずれも一酸化炭素中毒だった。山田常圭(ときよし)・元東京大特任教授(火災安全工学)のシミュレーションでは、出火から数分で死に至る状況だったという。

事件の記事、コーキング剤、刃物 10年前の事件との関連は

 事件後に府警は谷本容疑者宅を家宅捜索し、事件の計画性が浮かんだ。

 西淀川区の住宅では、21年3月に起きた徳島市の雑居ビル放火事件の新聞記事や、36人が死亡した京都アニメーション放火殺人事件から2年に関する21年7月の記事を発見、押収した。両事件ともガソリンを使った放火だった。

 「放火殺人」「消火栓をぬる」と書かれたメモや、隙間を埋めるコーキング剤も押収。クリニック内の消火栓の扉は開かぬよう工作されていた。防犯カメラ映像から、事件2週間前の最後の受診時に容疑者がコーキングしたと府警はみる。

 クリニックの現場検証では、非常口近くで刃物が見つかった。西淀川区の住宅にあったナイフのさやと一致。府警は谷本容疑者が確実に計画を実行できるよう持ち込んだとみている。容疑者のポケットから催涙スプレー2本も見つかった。

 半年にわたって計画されたとみられる事件に、複数の府警幹部は10年前の長男殺害未遂事件との関連を指摘する。谷本容疑者が、多くの人を巻き添えにして自らの命を絶とうとした可能性があるとみている。