浸透する「アニマルウェルフェア」 動物の幸せ、畜産農家らと考えた

聞き手・笠井正基 高久潤 笠井正基
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フォーラム 動物の幸せって

 「アニマルウェルフェア(動物福祉)」への取り組みが、日本でも待ったなしの状況になってきています。何が起きているのでしょうか。1回目は、毎日の生活に欠かせない牛乳や卵の生産者たちと考えます。

苦痛 必要以上に与えない取り組み 立正大学人文科学研究院 田上孝一さん

 アニマルウェルフェア(動物福祉)という考え方は、新しいものではありません。19世紀の英国で本格的に発展してきました。

 人間は昔から、交通や農業生産などの手段として、動物を過酷に扱ってきました。しかし、科学技術や産業が発展し、人々の生活に余裕が生まれるなかで、「動物も苦痛を感じているのではないか」と考えるようになったのです。

 動物を人間の手段として利用することを前提に、それなら「必要以上の苦痛を与えないように配慮すべきだ」という考えに基づいた取り組みはいま、食肉や乳製品などの畜産、化粧品などの動物実験、ペット、動物園などの展示といった分野に浸透しつつあります。

 具体的には、①飢えや渇きからの自由②恐怖や抑圧からの自由③不快からの自由④痛みやけが、病気からの自由⑤正常な行動ができる自由、の「五つの自由」を保障できるように、国などが規制を強化し、各業界が従来のやり方を変えていっているのです。

 例えば畜産。戦後に急増した肉食需要に対応するため、家畜は飼育場に押し込められて大量生産されるのが一般的でした。その一方で、欧米では牛や豚の放し飼いや、鶏を狭いケージに押し込めない「ケージフリー」の飼育も進んでいます。歩みは遅いですが、こうした動きが日本にも広がりつつあります。

 昨年、吉川貴盛・元農林水産相と鶏卵大手「アキタフーズ」をめぐる汚職事件が注目を集めました。贈賄の背景に、国際機関がアニマルウェルフェアの考え方に沿って進める新しい飼育基準案への反対要望があったとされたためです。家畜に配慮して生産すればコストがかかり、価格は高くなるのは当然のことです。消費者である私たちが「卵はなぜ安いのか」の背景を考える必要があります。これは、ほかの商品についてもいえることです。

 こうしたアニマルウェルフェアとは別に、「動物の利用」自体をよしとせずに、できる限り減らしてゆくべきだという「アニマルライツ(動物の権利)」の考え方もあります。肉食に慣れ親しんだ日常生活からはほど遠い理念ともいえますが、ベジタリアンやビーガンは、SDGsや食生活の改善など、さまざまな理由から少しずつ広がっています。(聞き手・笠井正基)

牛放し飼い 効率よりも個性重視 「磯沼ミルクファーム」代表 磯沼正徳さん

 「牛と人の幸せ」を掲げる牧場が、東京都八王子市にある。牛舎につながない「フリーバーン」と呼ばれる放し飼いで6種類100頭超の乳牛を飼育し、つくった牛乳やヨーグルトを直販している「磯沼ミルクファーム」だ。動物を食べることと、動物を犠牲にすることにどう折り合いをつけていけばいいのか。疑問を抱いてきた記者が赴いた。

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 都心から電車で1時間。駅を降りて歩いていると、行き交う車のエンジン音に紛れて動物の鳴き声が聞こえる。幹線道路沿いに突如現れた木製の柵の向こうから、1頭の牛がのっそりと近づいてきた。

 代表の磯沼正徳さん(69)に会うなり、率直な質問をぶつけた。「人間は自分の都合で家畜を利用しているのに、『牛と人の幸せな牧場』というのは偽善では?」

 磯沼さんの答えは明快だった。「家畜は人間のために生きている。人間にとって役に立つかで評価されるのは当たり前。ただ、牛は工業生産物ではなく生き物だから、個性がある。個性が尊重されたほうが、畜産物の味もよくなるんですよ」

 でも、牛がのびのびと放し飼いにされた牧場を歩きながら、疑問は残った。牛舎につないで乳を搾る方法がいまなお日本で主流なのは、放し飼いの方が味がよくても、それ以上に効率が悪く、コストもかかるからだろう。

 そう尋ねると、磯沼さんは「同じ品質の牛乳を継続的につくることだけを考えるなら、確かにつないで育てた方がいい。うちの育て方だとばらつきが出やすいから」と認めた。その上で、言った。「でも、それなら、ばらつきを前提にして製品をつくればいいと思わない?」

 案内された直販所には、形状も値段もさまざまなヨーグルトや牛乳、アイスクリームが並んでいた。例えば「かあさん牛の名前入り ジャージープレミアムヨーグルト」は、どの牛の乳が使われているのか分かるように、瓶のふたに牛の名前が印刷されている。ただし牧場での価格は「500ml 1200円」。日常的に買う人がどれだけいるのだろう。

 売り出した当初は全然売れなかったヨーグルトには、今や「推しの牛」ができるほどのリピーターもいるのだ、と磯沼さんは言った。「時代や意識は生産者が思っているよりも、ずっと変化が速い。生産者の側で、選択肢はこれしかないと決めつけるもんじゃないと思う」

 私たち消費者は「向こう側」のこと考えずに暮らしている。そして、今ある選択肢を手元に並べて「仕方ない」と考えている。「向こう側」について考えた時、今はありえないと思っている、全く別の選択肢が見えてくるのかもしれない。高久潤

「平飼い卵」への関心 ようやく出発点 ナチュラファーム 一柳憲隆社長

 「鶏卵汚職事件」では、業界大手の前代表が元農水相に、アニマルウェルフェアに配慮した国際基準の策定は「国内養鶏業者にとっては死活問題だ」と、反対を訴えたとされる。日本では採卵鶏に配慮した飼育を広めるのは、なぜ難しいのだろうか。ケージフリーの「平飼い」飼育に取り組んでいる生産者を訪ねた。

 埼玉県寄居町の「ナチュラファーム」に並ぶのは「エイビアリー」といわれる鶏舎だ。防疫のため記者が実際に見ることはできなかったが、立体多段式の鶏舎内で鶏は自由に動き回れ、一休みする「止まり木」や砂浴びをできる場所もある。卵を産む巣箱もあり、卵の回収や、エサや水の供給は自動でできる。庭などで放し飼いする、昔ながらの平飼いとは異なるが、OIE(国際獣疫事務局)が策定を進める、「止まり木」や「巣箱」の設置が望ましいとする国際基準案を満たす飼育法だ。

 一方で、国内の採卵鶏の大半が飼育されているのは、何段にも積み重ねた狭いケージの中で卵を産ませる「バタリーケージ式」。効率よく大量生産できるのが特徴だが、欧州連合(EU)が2012年に使用を禁止。米国でもカリフォルニア州などで規制法が成立し、欧米では急速に規制の動きが広がっている。

 ナチュラファームがエイビアリーを採り入れたのは、一柳(いちやなぎ)憲隆社長(50)が1996年に欧州を視察したのがきっかけだ。鶏舎内を歩いていると鶏が好奇心から足元に寄ってきたのを見て、一柳社長は驚いた。「鶏の行動欲求を満たしているのだろうと感じました」。一般的な「ケージ飼い」に加えるかたちで、06年に国内でいち早くエイビアリーを導入。少しずつ増やし、いまでは3万羽をこの飼育で飼っている。

 とはいえ、従来通りの「ケージ飼い」は15万羽と、ずっと多い。一気に移行するのは難しいという。理由は、消費者が求める価格にある。

 卵は価格が安く、大きく変動しないことから「物価の優等生」と呼ばれる。だが、エイビアリーなどの「平飼い卵」はケージ飼いの卵とくらべると大量生産できず、コストもかかる。このため、値段は一概に言えないが、おおむね2~3倍ほどに高くなるという。

 それでも、最近は平飼い卵への関心の高まりを感じているという。「消費者の方が卵を買うとき、鶏の飼育法に興味を持って選択していただければ。ようやくスタートラインに立ったところだと思っています」(笠井正基)

結局は利用 罪悪感覚える

 アンケートから畜産についての回答を紹介します。皆様から寄せられた回答は朝日新聞デジタル、https://www.asahi.com/opinion/forum/149/で読むことができます。

●動物が苦しまないものを 平飼いの卵を買っています。狭いケージにぎちぎちに鶏が詰められて卵を産まされているのを見てから、バタリーケージで生産された卵は買えなくなりました。フォアグラなど動物の苦しみの上に生産されたものは食べないようにしています。化粧品も動物実験なしのものを探して使っています。もっと日本に動物実験なしの化粧品が広がってほしい。(新潟県 40代女性)

●人に食べられるのに幸せか いくら幸せに飼育されても、結局は人に食べられてしまうんだったら、その動物にとって幸せはないと思う。人によって殺される動物たちは可哀想だと思うけれど、自分が食べないようにしたところで、スーパーに売られているのを見て、周りの人が食べているのを見るときりがないなと感じてしまい、結局食べてしまう。食べる度に罪悪感を覚え、自分でも何が正しいか分からなくなる。(群馬県 10代女性)

●ベジタリアンを目指すも…… 飼育されている動物のことを考えながらも口にしている自分がいるのが現実です。ベジタリアンを目指していかねばと思いつつも正直難しくて面倒だと思ってしまい、苦しんでしまう。勝手で人任せですが、世の中でもっとベジタリアンむけの食材を提供してほしいと思います。(神奈川県 40代女性)

●難しい問題 とても難しい問題だと思います。私は動物関係の職場で働いています。動物を食べないとなると、生活もままならなくなるし、そういった仕事に就いている方たちはどういった気持ちで仕事に就いているのかと考えたことがあります。私たちにできることは食品になった動物のためにフードロスをなくすことが、動物にとっての幸せなのかと、自分の中で納得せざるを得ない感じです。(愛知県 40代女性)

●動物を利用しない世界に 実践できる範囲で動物を搾取しないビーガンです。そもそも動物を利用してはなりません。アニマルウェルフェアだからなんなのか。動物からしたら結局、殺されるのだから、たまったものではない。動物を利用しない世界になってほしい。(大阪府 20代女性)

●全員がビーガンになれぬ 動物の幸せを考える上で一番難しいのは畜産。全員がビーガンになれるわけではないし、産業として確立されている。肉も乳製品もやめられない。幸せを考慮した畜産へのシフトが必要。(埼玉県 30代男性)

●動物に負担かからない道を探して 「動物が可哀想」という理由だけで畜産やペット業界、動物園などを急になくすことは無理だと思いますが、動物を虐げて利益を得ている人がいるのも事実です。現在のあり方が不適切でないかを、しかるべき第三者機関が調査しながら、動物にも人にも負担がかかりすぎない道を探るタイミングに来ていると考えています。(静岡県 30代女性)

●意識は簡単に変えられない 利用だけされて殺される家畜が幸せではないのは明らか。ただし、家畜が幸せであるべきだと考える人は少ないと思う。人類は長年動物を利用してきた歴史があるため、簡単には意識を変えられない。(大阪府 40代男性)

●日本は遅れている 人間がどれだけ動物の幸せを考えても本当には理解できないけれど、人間の都合の価値観で生命を粗末にするべきではない。それを含めた倫理観を成熟させていかなければ先進国とは言えない。また、動物虐待や殺害に対しても重大犯罪につながるリスクを考慮し、法の設定、警察の価値観やシステムを強化していくべき時代に来ていると思える。その点で日本は非常に遅れている。(神奈川県 50代女性)

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来週23日は「動物の幸せって ペット」を掲載します。