「娘が生きた証し」語った27年前の記憶 学生が続ける「声」の記録

阪神・淡路大震災

岩本修弥
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 阪神・淡路大震災で、学生39人が犠牲になった神戸大。震災の記憶を残そうと、現役の学生が中心になって当時の学生の遺族に話を聞き、記録する活動を続けている。これまで11人の遺族が、震災にまつわるつらい記憶を若い世代に伝え、託した。

 17日午前5時46分、兵庫県神戸市灘区の小さな手作りの献花台の前で、元小学校教諭の上野政志さん(74)が手を合わせた。上野さんも活動に協力した遺族の一人。昨年11月、娘について学生たちに語った。

「みんながまだ、覚えてくれているよ」

 27年前、長女の志乃さん(当時20)は、同区の下宿先のアパートの1階で、倒壊に巻き込まれて亡くなった。神戸大に通う2年生。実家のある南光町(現・佐用町)に帰省するたびに、父の好物のおはぎを買ってくる優しい子だった。

 地震は、地元で成人式を終えた2日後に起きた。16日の夜に、友人と宿題をすると言ってアパートに戻った。「じゃあ、またね」。駅まで送った時、車を降りる志乃さんがかけた言葉が、父と娘の最後の会話になった。

 「なぜ、引き留めなかったのか。次の日の朝に帰っていれば。あそこに下宿さえしていなければ……」。27年経った今も、後悔は募る。

 上野さんは震災から約2カ月間、往復4時間をかけて毎日のようにアパートに通い、遺品を拾い集めた。絵図、止まった時計、絵本――。美術を専攻していた志乃さんの作品などを、大切に自宅へ持ち帰った。

 毎年1月17日は、この手作りした献花台の前に立つ。志乃さんの大学の後輩たちも集まり、祈ってから職場や学校に向かう。「みんながまだ、覚えてくれているよ」。大切な娘へ、父はそう語りかけた。

「明日が来るのが当たり前じゃない」

 遺族の話を記録しているのは、現役の神戸大生7人を中心に活動する神戸大の「ニュースネット委員会」。高齢化する遺族の証言を残そうと、2019年から聞き取り活動を始めた。遺族に会って聞いた話を文字に起こし、ウェブサイトで震災の記憶を継承している。

 委員長の島袋舜也さん(3年)は震災を知らない世代だ。遺族から話を聞く中で「明日が来るのが当たり前じゃないということに気付いた」という。

 上野さんは、活動に協力した理由を「若い人に共有して記録に残すことは、娘が生きた証しになる」と話す。長女を亡くしたつらさを他人に話すことは決して楽ではないが、伝えることで気持ちが和らぐこともあるという。「知ってもらうことで、ふと娘が生きているように思える瞬間がある」

 神戸大(神戸市灘区)では17日、慰霊祭が開かれ、新型コロナウイルスの影響で大学に来られない遺族をオンラインでつないで共に祈った。

 副委員長の塚本光さん(2年)は「実際に生の声を聴くことで被害の大きさを実感した。文字にして残していきたい」と語る。また次の世代に記憶をつなぐために、これからも遺族に耳を傾けて記録していく。

 同委員会の記事は、ウェブサイト(https://blog.goo.ne.jp/kobe_u_media/c/71fe627306684be45853fcc0501b430b別ウインドウで開きます)で見られる。(岩本修弥)

1.17 再現/阪神・淡路大震災

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