第1回ボーイング機はなぜ墜ちたか 妻子奪われた私 問い続けて見えた病理

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トロント=江渕崇
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 初春の朝らしい柔らかな日差しがカナダ・トロントの町並みを照らし始めたころ、ポール・ジョロゲ(当時34)はひとり目を覚ました。そろそろ、帰省のため前日にトロントを発った妻と義母、そして3人の子供たちが、夫妻のふるさとケニア・ナイロビに着いているころだ。旅先の子供たちのはしゃいだ声を電話越しに聞くのが楽しみだった。

 スマホになにか着信した。

 スクリーンに映っていたのは、家族からのメッセージではなかった。銀行の投資マネジャーという職業柄、チェックを欠かさずにいたブルームバーグ通信の緊急速報だった。

 「エチオピア航空(ET)302便、アディスアベバの空港を離陸後すぐに墜落」

 その便名は、はっきりと覚えていた。家族のために自ら席を予約したのだから。トロントからの中継地エチオピア・アディスアベバを発ち、最終目的地のナイロビに向かう便だった。予約通りなら、前から28列目の並びの4席に、5人は座っていた。

 「なにかの行き違いで、家族は乗っていなかったはずだ」。幾度も自分に言い聞かせようとしたが、押し寄せる絶望をはね返すことができない。凍り付くような寒気が全身を襲い、ジョロゲはその場に倒れ込んだ。

 アニメやゲームよりも天体の成り立ちに関心を持ち、宇宙飛行士を夢に見ていた長男ライアン(6)。ちょっと内気だけれど、母に似て音楽が大好きでいつも賛美歌を口ずさんでいた長女ケリー(4)。ジョロゲが姿を見せると抱っこをせがんで両腕を上げた、生後9カ月の次女ルビー。

 そして、ナイロビ大学2年生だったときに出会った初めての交際相手で、ともに年を重ねていこうと誓い合った2歳下の聡明(そうめい)な妻カロライン。

 「あの日、私は生きる意味のすべてを失いました」

アフリカの大地をえぐった直径40メートルのクレーター

 現地時間2019年3月10日午前8時38分。快晴のアディスアベバ・ボレ国際空港を、ジョロゲの家族ら157人を乗せたET302便が飛び立った。前年に製造され就航からわずか4カ月。米ボーイングの真新しい小型旅客機「737MAX」はしかし、離陸後すぐに操縦不能に陥った。

 失速を防ぐために機首の上がりすぎを抑え込む飛行制御システムが、誤って作動していたのだ。機体の傾きをはかるセンサーの不具合で、実際よりも機首が上がっているとする誤ったデータがシステムに送られていた。

 何が起きているのか知りようもない機長(29)と副操縦士(25)は、機体のコントロールを取り戻そうと必死にあらがった。だが、そのシステムは何度も起動しては尾翼を動かし、機首を地面へと引きずり下ろそうとした。ET302便は、自らのシステムに乗っ取られていた。機体は上下に激しく揺さぶられながら、急速に高度を下げていく。

 「Terrain, Terrain, Pull Up, Pull Up」(地表が近い、機首を上げろ)。午前8時43分36秒、地表への異常接近を知らせる対地接近警報装置(EGPWS)がコックピットに鳴り響いた。記録が途絶えたのはその8秒後。ET302便は時速1000キロに迫る猛スピードで、アディスアベバ近郊の農地に突っ込んでいった。

 アフリカの大地をえぐった直径約40メートル、深さ10メートルのクレーターに、157人全員の命がのみ込まれた。

尽きない「なぜ?」

 その、わずか5カ月前。737MAXはインドネシアでも極めて似た事故を起こしていた。ライオン航空(JT)610便が、首都ジャカルタの空港を離陸後すぐに操縦不能になった。2人のパイロットは言うことを聞かない機体と最後まで格闘し、急降下と急上昇を20回以上も繰り返した末、ジャワ海に墜落。189人の命が奪われていた。

 二つの事故を招いたのは、まったく同じ飛行制御システムの不具合であることが、両国の事故調査当局などの調べで次第に明らかになっていく。737MAXは、2017年にデビューしたばかり。世界の航空産業をリードするボーイングが誇る、最新鋭機である。それがほぼ同じ形で立て続けに墜落する。1世紀あまりの世界の航空史で類例のないことだった。

 ジョロゲには、知りたいことがたくさんあった。

 なぜ、ボーイングはそんな危ない飛行機をつくったのか。

 世界で最も厳しいはずのアメリカの航空当局が、そんな飛行機の運航を許したのはなぜか。

 なぜ、インドネシアで最初の事故を起こした後も、737MAXは平然と世界の空を飛び続けたのか。

 2度目の墜落事故を起こした後ですら、ボーイングが「737MAXは絶対に安全」などと言い張ることができたのは、なぜなのか。

 いくつもの、なぜ。

 投資のプロとして、彼にはひ…

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    江渕崇
    (朝日新聞経済部次長=日米欧の経済)
    2022年1月20日17時58分 投稿

    【視点】 筆者です。エチオピアやインドネシア、アメリカの話でしょ?と思ったあなた。確かに日本の航空会社は737MAXを運航していません(ANAは導入予定)が、連続墜落事故前は、アジア各国の航空会社が日本の7空港に飛ばしていました。同じ事故は、日本で