「夢はかなう」信じ切った少年・羽生結弦 恩師は「子どもながらに」

有料会員記事

[PR]

「氷上で育む『子どもが自分を信じる力』」前編

 羽生結弦ら名選手を育てた都築章一郎さん、米・ハーバード大学アイスホッケー部の佐野月咲(るなさ)さんを迎えた記者サロンを16日にオンラインで開催しました。

 テーマは「氷上で育む『子どもが自分を信じる力』」。羽生らトップ選手のように自信や意欲を持つにはどうしたらよいか、フィギュアスケート担当の岩佐友記者が聞き手となり、ゲストと一緒に考えました。

毎週水曜日にフィギュアスケートにまつわる話題をお届けします。

低い若者の自己肯定感、一方で羽生結弦は

 岩佐 2019年に内閣府が公表した先進7カ国の若者へのアンケート結果では「自分自身に満足しているか」という質問に対し、「そう思う」と答えた割合が日本では10.4%と断トツで低い数字。最も高かった米国の57.9%とは大きな差がありました。日本の若者の自己肯定感の低さは問題になっています。

 一方で、羽生選手は「こうなりたい」「夢をかなえられる」と自分を信じていた少年でした。都築さんは小学生の頃から「4回転を跳ぶんだ。できる、できる」とやる気にさせる言葉をかけていたそうですね。

 都築 羽生に「五輪に出てチャンピオンになろうね」と投げかけたとき、どんな指導をしたら夢をかなえるスケーターになれるかと最初に考えました。

 まずはフィギュアスケートの技術を習得することで、楽しみ、おもしろさに気づかせ、そして、将来どんな形で自分が表現できる機会があるか、暗示をかけながら成長させた気がします。

 岩佐 都築さんは昔、怒ってすぐに顔が赤くなることから「ゆでだこ」というニックネームがついていたそうですね。

 都築 最初に育てた佐野稔(1977年世界選手権銅メダリスト)のときは「激情型」の指導をしていました。指導者の経験を「無」から「有」にするのに、どうしても相手に伝えて実行させる手段として「激情型」の指導がベターと思ったのです。

 しかし、羽生の時代には、彼の成長を見守りながら指導し、技術を習得させようという方法に変わりました。

 きっかけはロシアで開かれた国際大会に教え子を連れていったことです。世界トップのスケートを見て本当に驚き、日本との違いを痛感しました。ロシアでは競技としてのフィギュアが文化になっていましたが、日本ではまだレジャーどまりで、スケート場もなかった。

 フィギュアの楽しみ方、すごさ、いろんなものを拝見して、「育てる組織」というものを学んだのが褒めて伸ばす指導のきっかけになりました。

少年・羽生結弦が持っていた能力

 岩佐 子どもの頃の羽生選手にはどんな指導を?

連載 羽生結弦 「伝説」の証言者たち

フィギュアスケートで世界の頂点にたどりつくまで、どんな道程があったのか。近くで見てきた人たちだからこそ語れる「証言」で、トップスケーターの実像に迫ります。

 都築 潜在的な能力を持つ子…

この記事は有料会員記事です。残り1732文字有料会員になると続きをお読みいただけます。
フィギュアスケート特集

フィギュアスケート特集

グランプリファイナルの結果や、注目選手の最新情報はこちらから[記事一覧へ]