エースで4番から縁の下の力持ちに アメフトで日本一めざす元球児

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山口裕起
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スポーツ好奇心

 投げる、走る、捕る。そんな動作を繰り返すアメリカンフットボールの世界には、同じような動きをする野球の経験者が転向して競技を始めることは珍しくない。ただ、最前線で体を張るオフェンスライン(OL)となれば話は別だ。日本一を決める1月3日の「ライスボウル」に出場したパナソニックの主将、小西俊樹(34)はプロ注目だった元球児。今はほとんどボールを触らない地味なポジションで、チームを支えている。

 昨年12月下旬。大阪府門真市のパナソニックグラウンドに仕事を終えた選手たちが、続々と集まってきた。

 年明け、1月3日のライスボウル・富士通戦に向けての調整に熱がこもる。練習前の円陣で、小西が一歩前に出て声を張り上げる。「さあ、集中して楽しんでいこうぜ」。選手たちの士気が一気に高まった。

 身長184センチ、体重130キロ。70人ほどいる屈強な男たちの中でも、いかつさが目立つが、アメフトを始めたのは大学の途中からだった。「それまでは野球がすべての人生を歩んでいた」。子どものころの夢はプロ野球選手だった。

 中学のころは大阪の強豪硬式野球チーム「オール枚方ボーイズ」に所属し、エースで4番として全国制覇した。現在は県岐阜商高で監督を務める鍛治舎巧さんが、当時の監督だった。

 金光大阪高に進み、甲子園には縁がなかったが、高校通算21本塁打を放つ強打者に。プロのスカウトの目に留まるほど、順調に成長した。

 転機はけがだった。八戸大(…

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    野村周平
    (朝日新聞スポーツ部記者=スポーツ行政)
    2022年1月21日11時9分 投稿

    【視点】 この記事にある小西選手はけがをきっかけにアメフトに出会い、活躍できる居場所が見つけることができました。このようなケース以外でも、複数のスポーツを経験することはとても大切だと思います。  体の反応や才能を磨く上でも、何よりスポーツを好きで