背中に残る弾の破片 ベトナムの米帰還兵は原爆投下を思って泣いた

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藤えりか
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パネル討論に臨んだジャン・スクラッグズさん=米リンドン・B・ジョンソン図書館提供(ジェイ・ゴッドウィン氏撮影)
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 昨年8月、米軍が20年間の戦闘と駐留を経てアフガニスタンから撤退した。かつてベトナム戦争に従軍したジャン・スクラッグズさん(71)には、二つの「戦争」が重なって見える。そして「だからこそ、取り組むべきことがある」という。それは何か。藤えりか

 Jan Scruggs 1950年、米メリーランド州生まれ。高校卒業後の69年にベトナム戦争に従軍し、70年に帰国。ベトナム戦没米兵の慰霊碑建立の基金創設者で、会長を務めた。アフガニスタンやイラクの戦没米兵の慰霊碑建立にも尽力している。

 空港に殺到する群衆。離陸する米軍機にしがみつき落下する人たち――。アフガニスタンの首都カブール「陥落」の時に見た映像が目に焼き付いている。

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カブールの国際空港で、米軍機に群がる人々。機体にしがみつく人も多く見られた=衛星放送局アルジャジーラがツイッターに投稿した動画から

 「とても悲痛でした。1975年、ベトナム戦争のサイゴン『陥落』で、貧しい避難民が米軍ヘリに乗ろうとした時の様子を思い起こさせました」

 「米国は、ベトナム戦争で教訓を得たはずだったのに、消えてしまったようです。米国はアフガニスタンの政治体制を変えようとしましたが、傲慢(ごうまん)でした。戦費を2兆ドル(約230兆円)以上も費やし、大きな間違いを犯しました。2兆ドルもあれば、もっといいことができたはずです」

 ベトナム戦争に従軍した米退役軍人のジャン・スクラッグズさん。帰国後、ベトナム人や米兵の犠牲、アフガニスタンやイラクで繰り返される悲劇を思い、取り組み続けていることがあります。記事の後半で、歴史的な写真とともに、詳しく紹介します。

 2001年の米同時多発テロ

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