本屋続けよう 背中押された日に映画上映 尼崎の「まちの本屋」
兵庫県尼崎市の書店を舞台にした映画の上映が17日、目や耳の不自由な人たちと共に鑑賞できる東京のミニシアターで始まった。阪神・淡路大震災当日の出来事に背中を押され、続けてきた店主。27年後、映画を通じて生まれた偶然の出会いが、店主の背中を再び押した。
JR立花駅北側の商店街にある10坪の小林書店。店主の小林由美子さん(73)の両親が1952年に始めた。
95年1月17日、店舗のガラスが割れ、壁が崩れ、店内はぐちゃぐちゃ。ただ、電気がすぐ復旧した。
周りの店は閉まったまま。「みんなが閉めてたらあかん」と昼からシャッターを1枚開けた。
人が次々と飛び込んできた。せきを切ったようにそれぞれの被災状況を語り出した。誰も本を買おうとはしない。「うれしかった、悲しかった、と気持ちを話しに来てくれる場になっていると分かった日。地元で商売するってこういうことなんだって」
店舗兼自宅の修理代800万円。店を続けるために必死で考えた。本屋が傘を売る。イベントを開く。足を運んだ人たちが、小林さんの人柄から悩みを相談していった。
一昨年、小林さんと夫の昌弘さん(76)の仕事ぶりなど日常を追った映画「まちの本屋」が完成した。小林さんの魅力にひかれたドキュメンタリー番組ディレクター、大小田直貴さん(37)が撮影した。
昨夏、東京に住む大小田さんの知り合いの居酒屋が上映会を開いた。参加者は数人。その中に居酒屋の客で、全盲のテノール歌手、天野亨さん(57)がいた。
鑑賞した天野さんは、「書店内の様子やどんな見た目の人なのかは分からなかったが、印象的な言葉がいくつもあった」という。小林さんの夫、昌弘さんが丁寧語で妻に話しかける理由を「大事な人やから。そこら辺の兄ちゃんに話しかけるような言葉は使っていません」と語る場面、小林さんの客への温かい対応姿勢――。「人とのつながりや接し方など、私たちが今失いつつある生き方に感銘を受けた」
天野さんは、常連でもある東京都北区の映画館「シネマ・チュプキ・タバタ」に上映を頼んだ。チュプキは上映作品すべてに言葉による映像の解説(音声ガイド)と、日本語字幕を付ける。目や耳の不自由な人、車いす利用者や子どもの泣き声に気を使う親など、誰もが利用できる座席20席のミニシアターだ。
チュプキ代表の平塚千穂子さんは「評判になっている映画の上映依頼はあるが、鑑賞した映画のDVDや監督の手紙まで渡されて依頼を受けたのは初めて」と言う。大小田さんも音声ガイド作りに立ち会った。
「まちの本屋」の上映館はこれまで福島や愛知、山口など8館、上映イベントは川崎や尼崎などで9回。小林さんは大半の会場に足を運び、舞台あいさつに立った。チュプキには22、23日、リモート登壇する。
チュプキでの上映開始は、小林さんにとって「人生観が変わったあの日」と同じ日だった。「障害を持っている人も楽しめる映画館や、そうした方法があることも知らなかった。人生は、思いもかけないことが起き、出会いが生まれる。もうちょっと本屋を続けないといけないかなあ」と話す。(中塚久美子)
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