唐の時代、唯一残った「パスポート」 ユネスコ世界の記憶に推薦

筒井次郎
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 【滋賀】世界の重要な文書などを登録するユネスコの「世界の記憶」に、三井寺大津市)などが所蔵する平安前期の高僧・円珍(えんちん、814~91)に関する国宝史料が推薦された。とりわけ留学先の中国(唐)でパスポートのような機能を持った通行許可書「過所(かしょ)」は、世界唯一の完全な形での現存例として貴重だ。登録の可否は来年決まる。

 文部科学省が昨年11月に発表した。史料のタイトルは「智証大師(ちしょうだいし)円珍関係文書典籍 日本・中国の文化交流史」。典籍(歴史的な書物)は4件の国宝(史料は計56件)からなり、三井寺と東京国立博物館(東京)が所蔵する。

 円珍は仏教を学ぶために唐に5年間留学した。都の長安で書写した経典を多く持ち帰り、日本に密教の教えをもたらした。

 当時の唐は完備された法制度や交通制度を誇った世界的大帝国で、日本など東アジアに大きな影響を与えた。しかし、9世紀末の滅亡期に当時の記録のほとんどは失われてしまった。

 そんな中、円珍が唐の国内を旅する際に現地の役所から発給された2通の過所は、日本に持ち帰ったため、世界で唯一完全な形で残る唐の時代の原本となった。

 過所は、旅行中に通過した地点の役所で提示した。円珍の過所には通過記録も記入され、旅程を知ることができる。現代のパスポートの起源のひとつとも考えられている。

 史料の中には唐の人物とのやり取りを示す書状もあり、9世紀の海を越えた文化交流を物語る。さらに円珍が長安で授かった密教図像集の「五部心観(ごぶしんかん)」や、現存する日本最古の身分証明書「位記(いき)」の原本も含まれる。位記は唐にならって作られた。

 円珍は帰国後、三井寺を再興し、三井寺を総本山とする天台寺門宗の開祖として仰がれた。寺は天災や戦乱に遭った際も円珍の文書を避難させ、大切に守ってきた。1千年以上も前の1人の人物に関する史料がこれほど膨大に残っている例も、極めて珍しいという。

 三井寺の福家俊彦(ふけしゅんげん)・長吏は「失われやすい紙の文書が、歴代の僧侶らの強い意志の連なりで千年以上も守られてきた歴史的事実は、世界的にも特筆されるべきことだと思う」と話す。

 今回の史料は、3月19日から境内の文化財収蔵庫で一部が公開される予定。

 世界の記憶には、ほかに徳川家康が東京の増上寺に寄進した仏教聖典「浄土宗大本山増上寺三大蔵」も推薦された。(筒井次郎)

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 〈世界の記憶(Memory of the World)〉 以前は世界記憶遺産という呼称が用いられ、姫路城などの「世界遺産」、能楽や和食などが登録された「無形文化遺産」と並ぶユネスコの遺産事業とされる。

 世界の記憶の国際登録は現在429件。国内は7件あり、藤原道長の日記「御堂(みどう)関白記」や「朝鮮通信使に関する記録」など。海外ではベートーベンの交響曲第9番の自筆楽譜(ドイツ)や「アンネの日記」(オランダ)などが含まれる。