第2回巣立った「白鳥」たち今もリンクに 弁慶先生のスケーター育成40年

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佐々木洋輔
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 「弁慶先生」

 スピードスケート男子500メートルでメダルが期待される森重航選手(21)と新浜立也選手(25)が育った北海道別海(べつかい)町の「別海スケート少年団白鳥(はくちょう)」(白鳥)に、そう呼ばれる指導者がいる。

 白鳥を創設した楠瀬(くすせ)功さん(77)。もともとスケート文化があった町に、競技としてのスケートを根付かせた人だ。

 オホーツク海に面する別海町は、1月の平均気温がマイナス6・7度の極寒の地だ。冬が訪れると町内の小学校や保育園のグラウンドで保護者らが水をまき、子どもたちの遊び場として屋外スケート場をつくる光景は風物詩だ。

 小中学校では体育の授業でスケートを実施する。根室市と釧路市にまたがる釧根(せんこん)台地にあり、スキー場がつくれる山間部が近くにない。だから冬季スポーツといえばスケートという土地柄だ。

 そんな町に高校の体育教員として楠瀬さんが赴任したのが1966(昭和41)年。サッカー指導が専門だったが、当時町には通年でサッカーを練習できる環境はなかった。冬は体力作りのためスケートに取り組んだ。

連載「白鳥のスケート少年団」のページはこちら(全3回)

「人より牛が多い」が売り文句の、北海道の酪農の町に生まれた森重航選手と新浜立也選手は、なぜ世界のトップスケーターに躍り出たのか。その謎に迫ります。

 しだいに、冬場にスケートに親しむ子どもたちを鍛え上げて選手に育てるとともに、競技を通して人間としての成長を促したいと考えるようになった。が、楠瀬さんにはスケート経験がなかった。

 まずは指導できるようになる…

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