第3回極寒の地を巣立った天才肌と努力型 2人のスケーターが五輪を沸かす

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佐々木洋輔
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 2月4日開幕の北京五輪スピードスケート男子500メートルの日本代表には、1998(平成10)年長野五輪清水宏保さん以来の金メダル獲得が期待される2人がいる。

 森重航(わたる)選手(21)と新浜(しんはま)立也選手(25)。北方領土に臨む北海道別海(べつかい)町の同じスケート少年団から羽ばたいた2人の、少年時代の歩みをたどった。

 「めざせ! オリンピック 継続は力なり」

 こう刻まれた木のレリーフを手に持つ少年の写真が、町営スケートリンクのリンクハウスに掲げられている。

 2016年、別海スケート少年団白鳥(はくちょう)(白鳥)を卒団した森重選手だ。その年の卒団は森重選手ただひとり。小学2年から8年間、学年1人になっても続けてきた。

 「安心して見ていられる選手」

 そう評するのは、白鳥で森重選手を指導した監督の小村茂さん(51)だ。初めて見た森重選手は、体は小さいながら、走ったり跳んだりといった運動神経は抜群だった。「もちろん努力をしたが、航は、ほかの児童よりものみ込みが早く器用だった」

連載「白鳥のスケート少年団」のページはこちら(全3回)

「人より牛が多い」が売り文句の、北海道の酪農の町に生まれた森重航選手と新浜立也選手は、なぜ世界のトップスケーターに躍り出たのか。その謎に迫ります。

 森重選手は酪農一家の8人きょうだいの末っ子に生まれた。自宅から練習場のリンクまでは約20キロ。きょうだいはスケート以外のスポーツをしたが、森重選手は「白鳥に入りたい」と両親に頼み込んだ。「送り迎えが夕方からの搾乳時間に重なるから、困ったなと思ったんだよ」と父の誠さん(68)は振り返る。

 誠さんによると、森重選手は…

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