全町避難の福島・双葉で準備宿泊「やっとこの日が」喜ぶ住民

福地慶太郎 長屋護
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 東京電力福島第一原発事故後、全町避難が唯一続く福島県双葉町で20日、住民帰還の第一歩となる準備宿泊が始まった。自宅に戻った住民は「やっとこの日が来た」と喜ぶが、帰還を考える町民は1割。6月にも帰還困難区域の一部で避難指示が解除され、役場の建設や公営住宅の整備は着々と進むが、復興の行方は見通せないままだ。

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 頭上には、雲一つない青空が広がっていた。

 谷津田陽一さん(70)は20日朝、JR双葉駅から北に600メートル余り離れた小高い丘に立つ自宅の前で車を止めて家財を運び入れ、水道が使えるか確認した。「やっとこの日が来た。6月に向け、家の片付けとか準備を頑張ります」

 双葉町で生まれ、幼いころは田んぼをかけずり回って遊んだ。小学校を卒業後は親の仕事の都合で神奈川県小田原市へ。16歳で競輪選手としてデビュー。20代のころ出場した「高松宮記念杯」では、のちに世界選手権10連覇を果たす「ミスター競輪」の中野浩一さんらを破り、全国4千人超の選手のトップに立った。

 だが、42歳で双葉町に戻った。「街中は渋滞も多くてコンクリートだらけ。双葉は、山も海もあって自由だから」。51歳で引退する数年前から、競輪選手をめざす地元の子どもらを受け入れ始め、指導した。夏は朝4時に起き、教え子が自転車で転んでけがしないよう、練習で走る道をほうきで掃いた。家の裏に屋内練習場を建て、育てた13人中10人がプロに進んだ。

 だが、子や孫の成長を見守り、競輪の弟子を育てたふるさとは、原発事故を境に住めない場所になった。子や親戚を頼りながら秋田や東京、茨城など県内外を転々。「双葉にはもう帰れない」と覚悟した。昔のように手を動かせず、ふさぎがちになった時期もあったが、事故の5年後に政府から避難指示の解除方針が示され、帰ると決めた。

 自宅がある地域が通行証なしで入れるようになった2020年3月からは、週5日のペースで通う。家はイノシシが入って荒らされ、「思い出したくないぐらい、ぐちゃぐちゃだった」。それでも中を掃除し、床にはペンキを塗り、壊れた台所の収納扉などをひとつずつ直した。避難後に庭で生えた太い松の木も伐採した。

 今後は避難先の南相馬市と行き来しながら、妻(54)と一緒に生活の準備を進めていくつもりだ。

 「全部は無理でも、少しでも前に近い生活を取り戻したい」福地慶太郎

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 「双葉町の復興のスタートの第一歩と捉えている」

 20日午前、JR双葉駅の東口広場。防犯・防災パトロール出動式を終え、伊沢史朗町長はこう語った。

 午前9時からは、双葉駅に隣接する役場のコミュニティーセンターで、準備宿泊する人に個人線量計の配布が始まった。町は外部有識者による検証により、準備宿泊の対象地域での放射線被曝(ひばく)のリスクは十分低いと報告を受けたが、健康不安対策の一環として線量計を渡している。19日現在で11世帯15人から宿泊申請があったという。

 町が昨年夏、準備宿泊の対象世帯のうち、自宅が残る約300世帯に意向を尋ねたところ、宿泊するとの回答は約30世帯だった。人口5641人(昨年12月末現在)のうち、準備宿泊の対象地域に住民登録がある町民は約65%に上ることを考えると、出足は鈍い。

 震災後、復興庁などが実施している住民意向調査がそれを裏付ける。今年度は帰還について「戻りたいと考えている」は11・3%、「まだ判断がつかない」は24・8%、「戻らないと決めている」は60・5%だった。

 戻らない理由(複数回答)で最も多いのが、「避難先で自宅を購入している」で約57%。「医療環境に不安」(約46%)、「避難先の方が生活利便性が高い」(約40%)が続く。

 自宅が中間貯蔵施設になってしまい、帰れない人も806人(289世帯)と人口の15%に上る。伊沢町長は「11年間という月日の長さにより、戻りたいと思いながら亡くなった人も大勢いる」と語る。

 このため、まちづくりの考え方も帰還を促すだけでなく、就業者の移住の2本立てだ。町北東部を産業拠点として整備し、地元企業や復興関連企業などと立地協定をすでに20件結んだ。

 駅西口では、駅を中心に放射状に広がる公営住宅の整備が進む。敷地面積は約12ヘクタールで、総事業費は約187億円。86戸整備する予定で、うち25戸分の入居は10月を予定している。

 一方、駅東口の駅前では仮設庁舎の整備が進む。現在約100人が働くいわき市の仮庁舎の機能を8月末に移す計画だ。駅を中心としたコンパクトなまちづくりから町を再スタートさせ、避難指示解除から5年後、居住人口約2千人をめざしている。町幹部は「与えられた現実は厳しい。帰還するかどうか判断がつかない人に届く施策をやっていくしかない」と話している。(長屋護)