「戦争は歌にならない」 雨情の生涯たどるテーマ展 栃木県立博物館

中村尚徳
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 時代に迎合せず、子どもや弱い者に優しい目線を向け続けた詩人・野口雨情の生涯をたどるテーマ展が、終焉(しゅうえん)の地・宇都宮市栃木県立博物館で開かれている。栃木県鹿沼市に住む孫が保管する自筆原稿など約2500点を同館に寄託し、生誕140年にあわせテーマ展が企画された。

 「戦争は歌にならない」。童謡「七つの子」「赤い靴」などで知られる雨情は戦時下、家族に苦渋の思いをもらしたという。雨情は1882年、茨城県北茨城市に生まれた。1945年1月、疎開先の宇都宮市鶴田町で死去した。

 明治政府主導の近代化や帝国主義的な動きが強まる時代と、軍国・全体主義が極まった昭和前期とのはざまの大正デモクラシー期、自由主義的な風潮の中、雨情は才能の花を咲かせた。西条八十北原白秋と並んで人気を集めた。

 展示では関東大震災(1923年)後の東京の様子をうたった「焦土の帝都」や、児童雑誌「金の星」掲載の「雲雀(ひばり)の水汲(く)み」の自筆原稿などが初公開された。雨情が「精錬に精錬を重ねる」詩人と指摘される通り、「雲雀の水汲み」の複数の原稿は推敲(すいこう)や校正を繰り返した過程を示す。

 戦時色が濃くなり児童図書すらも検閲が強まっていく中、白秋や八十ら童謡文化を発展させてきた多くの作家も時勢にのみ込まれた。戦意を高揚させ、戦争を賛美する作品が増えていった。雨情も「讃(たた)へよ護(まも)れ日章旗」などとうたった「東亜の海」を残し、その原稿も紹介されている。

 ただ、展示解説では、そうした時勢にくみする雨情の作品は比較的少なく、筆致も精彩を欠いた印象がある、と説明。息子で近代文学研究者の野口存彌(のぶや)氏は「(戦時下の)晩年は童謡を書くことに苦渋を感じていたようだ」と記したという。

 同館の小栁真弓・主任研究員は「雨情の子どもや弱い者への優しい目線を感じます。その延長線上で、戦争への違和感が根底にあったのではないでしょうか」と語った。

 雨情は生前、「歌や詩は作った者が忘れられ、人々の口づてに歌われるようになって本物の歌になる」と語っていたという。小栁さんは「その言葉通り、雨情の名前は忘れられがちだが、人となりを知り、生きた時代を感じ取ってもらいたい」と話している。

 2月13日まで。月曜休み。一般260円、高校・大学生120円。(中村尚徳)