「ギリギリでした」 最難関と言われた東京五輪の現場が残したもの

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ロンドン=遠田寛生
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 タイミングは最悪だった。

 昨年6月末から7月初旬。東京オリンピック(五輪)開催に向けて準備していた大会組織委員会の医療サービス部アンチ・ドーピング課には「悪い知らせ」が押し寄せた。

 発信元は五輪を担当する予定だったドーピング検査員だ。日本国内や海外から新型コロナウイルスの影響で「参加できなくなった」という申し出が届いた。

 担当課長として大会のドーピング検査運営を担い、現在は日本アンチ・ドーピング機構(JADA)で国際部長を務める平井千貴(ちか)氏はしみじみと振り返る。

 「想定外でした。(参加者は)予定していた人数よりも相当減りました」

 個室での尿検査に立ち会うなど、検査員の役割は幅広い。海外選手とコミュニケーションがとれる語学力も求められる。

 五輪は世界最大のスポーツイベントと言われ、1万人を超える選手が参加した。スポーツ庁の従来の方針では、必要なドーピング検査員は約500人。海外からは180人程度の応援を見込んでいた。

 しかし、集まれたのは290人程度だった。

 理由は多岐にわたる。

 「持病でリスクがある方もい…

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