連載「それでも、あなたを」 インド編①
「私と結婚して」
20歳のラタ・シンは電話口で、ブラハマナンドに開口一番、言った。2000年11月のことだった。
「どうした。何があった?」
ブラハマナンドは驚き、いぶかしんだ。
なぜなら、2人はそのときも、それ以前にも恋人同士だったことはなかったからだ。同郷出身ではあるが、別の街で暮らし、5年以上も連絡を取っていなかった。
「ノーやイフはいらない。結婚するかしないか、早く言いなさい」
ラタはさらに迫った。「わかった」とブラハマナンドは言った。何が起こったのか、ラタは詳しくは話さなかった。
翌日、ブラハマナンドは首都ニューデリーから列車に乗り、およそ500キロ離れたラタの住んでいるラクナウに着いた。
宿泊先のホテルに、ラタは来た。普段着である灰色の衣服サルワルカミーズを着たまま、ほぼ手ぶら。家族の誰にも告げずに、自宅から逃げてきたのだった。
2人はタクシーに乗り、ヒマラヤの山岳部を目指した。
突然すぎる、逃避行の始まりだった。
武人の娘と商人の男
2人は、インド北部にあるバルカ村で育った。
ラタの中学校の同級生の兄が、ブラハマナンドだった。ブラハマナンドは、ラタの家に遊びに行ったこともあった。
同級生のお兄ちゃんが自宅に遊びに来る。世界の多くの国では普通のことが、ラタの家では極めて限られた人にしか許されなかった。
それは、インドの社会が「カースト」や「ジャーティ」で分断されているからだ。
カーストは紀元前から続く身…
【7/11〆切】スタンダードコース(月額1,980円)が今なら2カ月間無料!詳しくはこちら