連載「それでも、あなたを 愛は壁を超える」
民族、国家体制、偏見…。世界には、人と人とのつながりを阻む様々な「壁」があります。それでも出会い、固い絆で結ばれた2人がいます。壁を超える愛の物語をつむぎ、背後にある国際問題のリアルを伝えます。
その年のバレンタインデーは、新婚旅行中の夫妻にとって、ほとんど完璧なシチュエーションだった。
夫はピンクのシャツに黒のネクタイ、妻はノースリーブのワンピースへとドレスアップ。旅の間、ずっと取っておいたシャンパンのボトルを開けて、赤いバラとチョコレートまで運ばれてきた。
満腹感と多幸感に包まれ、眠りにつく。2020年2月14日、横浜に寄港中のダイヤモンド・プリンセス(DP)、B519号室での出来事だった。
初めてのデートはハンバーガー屋
2017年夏、米南部テキサス州で、2人は出会った。
夫のタイラー・トーレスは当時22歳で、看護学校の学生。学校のプログラムの一環として、知的障害や発達障害のある成人を支援する団体を訪ねた。そこで、のちの妻、レイチェルが働いていた。
タイラーは、ボランティアを束ねるレイチェルに尋ねた。
「なんか手伝うことある? 何すればいい?」
「えっと、じゃあ、お皿でも洗っておいて」
レイチェルは当時21歳。当初から、タイラーの柔らかい物腰と、子どものような笑顔が気になっていた。
帰宅後、母親に告げた。「ママ、最高にキュートな男の子に会った」ただ、タイラーには当時、別の恋人がいた。フェイスブック上で「友だち」になったが、それ以上の仲にはならなかった。
関係が発展したのは、最初の出会いから1年以上が経った2018年の10月。タイラーから、「誕生日おめでとう」とメッセージが届いた。タイラーは彼女と別れていた。
「ママ! 信じられない人からメッセージがきた。例のキュートな看護師!」。うれしくて、また母親に報告した。
ハンバーガー屋でデートをすることになった。タイラーはピアノのレッスンが長引き、1時間遅刻した。ただ、レイチェルは気にしなかった。自分も2時間、遅れた。その日は髪形がうまくまとまらなくて、友だちの家で整えた。
すぐに2回目のデート。ボウリングとスケートボードをして汗を流し、チーズケーキを一緒に食べて、さらにビリヤードをした。
別れ際、タイラーはレイチェルのほおにキスをした。「なんというか、君に恋をしているような気がする」(I kind of have a crush on you)。同じ気持ちのはずだ、と確信していた。
もっとも、レイチェルには少し違う感情が混ざっていた。タイラーはわざわざ、ボウリング専用のバッグを持ってきた。「クレージーでしょ。ふつう、デートにそんなものは持ってこない。ボウリング、私は苦手だし」
とはいえ、3回目のデートの終わりには正式に交際が始まり、2018年のクリスマスイブには、すでに結婚について話し合っていた。
2019年3月、タイラーはレイチェルにプロポーズをする。2人とも、まだ23歳だった。でも、若すぎるとは思わなかった。
9月8日、結婚式を挙げた。
タイラーは当時、看護師として午後7時から12時間のシフトで働き、レイチェルは作業療法士になるために新たに大学院に通っていた。お互いが少し落ち着くまで、新婚旅行は遅らせることにした。
新婚旅行は「めったに行けない場所」へ
さあ、どこに行こう。米国内にしようか。ニューヨークもいいかもしれない。でも、めったに行けない場所にしよう。
最終的に、二つのクルーズ旅行に絞った。オーストラリア・ニュージーランドか、アジア周遊か。決め手は値段だった。
「よし、アジアだ」
2人が選んだのは、横浜港発着のDP号だった。
2020年1月17日、早朝にアパートを出発し、新婚旅行が始まった。
「新型コロナウイルス」は、言葉として、情報としては知っていた。でも、「中国・武漢だけの話で、心配の必要はない」。多くのひとたちと同じように、この新婚カップルもまた、そう信じていた。
21日間の旅程が2倍以上に…

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