町工場の光る技術、知ってもらわないと 企業とつなぐ会社を設立

編集委員・中島隆
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 町工場の減少、それはものづくり大国ニッポンにとって大問題である。輪をかけて深刻な問題、それはものづくりの技能が失われつつあることだ。機械があれば大丈夫、と勘違いしている人が多い。

 大変なことになるぞ。

 そう思って2018年、戸屋加代さん(43)は、町工場があつまる大阪府東大阪市に「MACHICOCO(マチココ)」という会社をつくった。町工場で働く技能者を講師に迎えて技能講座を開く。「こんなものをつくりたい」と駆け込んだ企業と技能者たちをつなぎ、チームを組んで完成させる。そんな会社だ。

 市内のプレス金型工場の長女。ままごとをするのも、水遊びするのも工場だった。おしゃれじゃなく、華やかでもない。「こんなところ来たくない、と思っていました」。中学では吹奏楽、高校ではバスケ。短大では英語と秘書を学んだ。町工場への思いは、かけらもなかった。

 大阪市内のIT企業に就職。その頃、父は金型屋でまだ珍しかった、パソコンで図面を描くソフトの「3次元CAD(キャド)」を導入した。父に「CADをしてみないか」と心をくすぐられた。

 22歳で会社を寿退社して専業主婦に。まもなく長女が生まれた。孫を両親に見せに工場へ行くようになり、CADでキャラクターを描くなどしていた。

 そんなとき、頼りにしていた社員が退社し現場を手伝うことに。受注が少ないとき、父は言った。「仕事をくださいという営業は技術がないと言うのと同じだ」。光る技術があれば仕事は来る、というのだ。

 では、どうしよう?

 ホームページをつくってブログを毎日、欠かさず更新した。人手が少ない中小企業の営業戦略の一つである。少しずつ取引先が増えていった。

 工場経営に関わるようになり、ものづくりのピンチを感じた。

 たとえば、取引先メーカーが、CADで書いた図面を持ってきた。図面どおりにはつくれない部分があると指摘しても、担当者は「図面に忠実につくってください」とかたくなだった。パソコンの画面上と、ものづくりの現場とは違うんですが……。ある取引先からステンレスでつくってと言われたので、「どのステンレスで?」と聞くと、「とにかくステンレスで」と。あの~、ステンレスにも種類があるんですが……。

 ぶつかりそうになったこともあった。しかし、取引先の担当者たちに聞いてみた。すると「勉強したいけれどチャンスがない」という。

 よし、だったら、私が。

 家業のかたわら、金型の講座を始めた。片手間でできることではないと思い、40歳のとき、MACHICOCOをつくった。事業は、技能講座やものづくりに困っている企業支援。頼りになる職人たちがパートーナーになってくれている。「多くの人が交わって化学反応を起こせれば、すごいものができる」

 この春、子どもたちにものづくりを教える教室をスタートさせる。「子どもたちの可能性を引き出し、将来の選択肢に『ものづくり』を加えたい」

 夢は、世界中から必要とされる製造業プロモーターだ。(編集委員・中島隆)

     ◇

 とや・かよ 1978年生まれ。大阪府東大阪市御厨2丁目の2階建て事務所で、さまざまな講座や商品開発などをしている。社名「MACHICOCO」は、町工場の町(MACHI)と、「協力」「貢献」「つなぐ」などの英単語の冒頭につかわれる「CO」を組み合わせた。