変化し続ける展示は「展示」か 幻の絵手本で問うパンデミック以後

有料会員記事

田中ゑれ奈
[PR]

 訪れる度に様相が変わる、アップデートされ続ける展覧会。それは、もはや「展示」と言えるのか。芸術資料のアーカイブの考察を出発点として、アーティストによる制作や展覧会のあり方を問う試みが、京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA(アクア)で進行中だ。

 展覧会場に入ると、天井から腰の高さに無数のアクリル板がつられ、床と水平に連なっている。アクリル板に1枚ずつ収められているのは、幸野楳嶺(ばいれい)や鈴木松年(しょうねん)ら、明治期京都画壇の画家たちが残した運筆絵手本。人物や花鳥などのモチーフがさまざまな流派の筆致で描かれ、学生が酷使したせいか、墨や顔料の染みで汚れているものも多い。

 京都市立芸術大の前身、京都府画学校は1880年に開学した。教壇に立ったのはそうそうたる顔ぶれの画家たちで、彼らは自ら、教材用の絵手本を多く制作した。だが、美術教育の近代化に伴い、模写よりも実物の写生が重視されるようになると、絵手本はあまり使われなくなる。学校の所蔵資料として「第十門第四類」と分類されたこれらの絵手本の存在は、戦後の整理作業の中で図書台帳から割愛され、半ば忘れられたまま大学の芸術資料館に眠っていた。

 今回の一連の企画は、昨年1…

この記事は有料会員記事です。残り958文字有料会員になると続きをお読みいただけます。