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「いつもとなりに専門医」 情報共有システム、医療格差解消の一助に

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中島隆
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 北海道の北部、士別市。そこの冬は、あたり一面、雪である。その中を、救急車がサイレンをならして走る。吹雪の日も、視界が白一色になるホワイトアウトの日も、走る。

 横滑り防止機能がつくなど、救急車の性能は高くなっている。だが、救急隊員たちが自分たちの、そして何より患者の命をかけて走っていることに変わりはない。

 2022年。年があけてからも、胸の痛みや背中の痛みを訴える人、呼吸が苦しいと訴える人を乗せて救急車は走っている。

 救急車の中では、隊員たちが手際よく12本の線を患者の体につなげ、モニターに鮮明な心電図を映している。

 「先生、どうですか?」

 そう隊員が話すのは、スマホに向かってである。その先には、循環器内科専門医がいる。専門医は判断した。

 「深刻そうです。うちで受け入れます」

 そう指示されると、救急車は最寄りの「士別市立病院」に行かず、30分ほどかかる「名寄市総合病院」へと向かう。

 救急車の中で映していた鮮明な心電図は、名寄の病院にいる専門医にリアルタイムで送られて共有、それを見た専門医が、患者の状態を判断して向かうべき病院を振り分ける。

 士別には循環器の専門医がいない。

    ◇

 このリアルタイムで心電図を共有するシステムは、MRIなどの画像も共有できます。病院、救急車、医師らをつなぎ、患者の容体(ケース)を共有できる、だから、システムの名は「ケースライン」と言います。

 大阪市に本社がある「ハート・オーガナイゼーション」という会社が提供しているサービスです。

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 「士別地方消防事務組合」、つまり士別の消防が「ケースライン」を導入したのは、昨年9月だった。導入前はどうだったかというと……。

 ――救急車の中で、数本の線でとりあえずの心電図をとりつつ士別市立病院へ直行。心電図をプリントアウトして、医師に見せる。患者の状態が明らかに深刻だったとき、または専門医でしか判断ができそうもないとき、名寄に搬送する。名寄に直行していれば30分~1時間早く、患者を医師に託すことができたのに――

 消防司令の熊谷昌之(55)は言う。

 「命と予後の後遺症にかかわりますので、私たちは1分、1秒でも速く患者さんを医師に託したい。そういう意味では、このシステムのおかげで気持ち的には楽になりました。ただ、私たちに失敗は許されません。システムの取り扱い、そして初歩的なデジタル技術も勉強し、機器に何かあったときにも対応できるようにしております」

     ◇

 名寄市立総合病院。

 ここが、救急車からのリアルタイム心電図を受ける側です。日本最北端にある地域救命救急センター、つまり、急性心筋梗塞(こうそく)や心肺停止などに対応する命のとりでです。そして、循環器内科の専門医がいる最北端の病院です。

    ◇

 循環器と救命救急の部長をかねる八巻多(まさる)(50)。この道25年の彼が、システム導入前をふりかえる。

 「時間のウルトラ浪費がありました」

 たとえば真夜中、地域の病院から連絡があり、心電図のファクスが送られてくる。その日の当直医が循環器に詳しくなければ、八巻ら専門医に連絡がくる。

 八巻ら専門医が病院へ駆けつけ、ファクスを見る。そのうえで、患者を搬送してもらうかどうかを判断していた。

 「患者さんの生死にかかわることですから真剣です。深夜でも対応します。ですが、向こうの病院で対応できると分かったとき、ため息が出てしまうことがありました。『ファクスを見るためだけに病院に出てきたのか~、つらいなあ』って」

 たとえば北海道の北端である稚内から名寄まで、救急車で3時間かかる。

 「病院や救急車からケースラインでリアルタイムの心電図が送られてきて、自宅でもスマホで見ることができて、判断できる。医師、救急隊、そして、もちろん患者にとって最高なことですね」

 そして昨年11月、士別市立病院にも、ケースラインが導入された。

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 ケースラインを提供している会社「ハート・オーガナイゼーション」。ここは、手術や治療にかかわる動画、専門医たちによる講義、症例の紹介などを見ることができるサービスなども提供しています。

 ハート社のサービスを利用する医師は急増中。ただいまおよそ4万3千人、そのうち海外の医師がおよそ5千人います。

 ハート社の話をする前に、もう少し、北海道のことにおつきあい下さい。

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 北海道北部は、人の命を救うことにたいへんな労力が必要な場所である。

 人口減少で、病院や診療所の経営が厳しくなっている。さらに、医師不足で専門医がいないので、循環器内科や脳神経外科といった診療科を掲げられない。なのに、お年寄りが多いので心臓や脳の病がおきやすい。

 さらに、公共交通機関が乏しいので、病院への通院手段は車となる。1時間以上かけて、患者本人が運転してくることさえある。

 そこに、冬の寒さと豪雪である。

 「上川北部医療連携推進機構」という組織がある。地域の病院、医師、看護師、介護施設、介護職員たちが手を取り合って「地域包括ケア」を実現し、人の命を救う組織だ。

 ここが昨年9月、ハート社と連携協定を結んだ。リアルタイムで心電図やMRIなどの画像を共有できる「ケースライン」を軸に、情報通信技術(ICT)で地域医療、救急医療をしていくのである。

 この機構の理事長で、北海道医師会の副会長でもある佐古和廣(72)は言う。

 「若い医師が地方勤務を敬遠するのは、遊ぶところがないとか、生活が不便だ、といったことが理由だと、都会の人は思うでしょう。でも、最大の理由は、救急車が間に合うかどうかハラハラしなくてはならないストレスだ、と私は考えます。ケースラインで時間短縮、ストレス緩和になります」

    ◇

 さて、ケースラインです。心電図だけでなく、患者の様子、治療の様子などの動画も、リアルタイムで関係者が共有できます。

 経験の浅い医師が、治療に困ったとき、遠くにいる専門医に直接指示をあおぐことができます。

 つまり、実際には患者のヨコには経験が浅い医師しかいなくても、となりに専門医がいるかのような治療を受けられるのです。救急車で運ばれているとき、救急隊員のとなりに、まるで専門医がいるかのような判断ができるのです。

 いつもとなりに専門医。そんな医療を実現したいと、2000年にハート社を起業したのは、菅原俊子さん(53)。

 この菅原さん、生まれも育ちも、医療とは縁もゆかりもない人でした。(中島隆)

記事後半では、ハート社の起業に至る経緯や菅原さんの思いに迫ります。

 菅原は、都市と地方の医療格…

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