馬場にも猪木にも…衣装作り30年 きっかけは2代目タイガーの一言

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土居新平
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 名だたるプロレスラーのコスチュームを作り続けて30年以上になる。神奈川県茅ケ崎市の小栗修さん(50)が作った衣装は1万5千着以上にのぼり、納めた相手は500人を超える。ジャイアント馬場アントニオ猪木天龍源一郎長州力――。祖母の影響で子どものころからプロレスが大好きだった。職人の道に進むきっかけは高校2年生のとき、2代目タイガーマスクとの出会いだった。

 住宅街の一角に、20畳ほどの工房がある。ミシンが並び、壁際には色とりどりの生地や糸が置いてある。脇に目を移すと、小さなプロレス博物館のようだ。

 33・5センチのジャイアント馬場さんのリングシューズの横に、アントニオ猪木さんの靴型が並ぶ。ケースの中には、三沢光晴さんがかぶった2代目タイガーマスクの覆面の数々。武藤敬司さんがリングに入場する際に着たガウンもある。

 これらの全てを一人で手がけた。主要団体を中心に30年以上、国内外あわせて500人以上のプロレスラーのコスチュームを作ってきた。覆面、パンツ、ガウンなども含め、その数は計1万5千着以上になる。

 父親と一緒に初めてプロレスを見に行ったのは小学4年、地元の体育館だった。「馬場さん、ジャンボ鶴田さんの大きさに圧倒された」。ほどなく、大好きだったタイガーマスクの覆面を買ってもらった。当時の価格で約3万円。これをバラバラに分解し、仕組みを学んだ。裁縫が得意だった母親の手ほどきを受け、自らマスクを作り始めた。「高くてもう買ってもらえないから、自分で作ろうと思ったんだよね」

人生を変えた三沢さんとの出会い

 職人の道に入ったきっかけは、高校2年のころの出会いだ。東京・後楽園ホールでのサイン会で、2代目タイガーマスクだった三沢さんに、手づくりした覆面にサインしてもらった。そのとき、こう言われた。「いいね。こんど俺のも作ってくれよ」

 「冗談だったんだろうけど…

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