北陸たからもの 美浜町のへしこ

佐藤常敬
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 どの土地にも「地元ならではの味」があるものだが、福井・若狭地方のそれは、へしこだろう。若狭の伝統食で、主にサバなどの青魚を塩漬けにした後、さらにぬか漬けにする発酵食の一つだ。「へしこの町」を宣言する福井県美浜町を巡った。

 三方五湖の一つ、日向(ひるが)湖のほとりに、日向という漁師町がある。その中の一軒に「特製へしこ 女将の会」の看板がさがっている。12月下旬、女将の会代表の加藤美樹子さん(78)はたるから出して、真空パックに詰めたへしこを見て「今年もええのができた」と顔をほころばせた。

 加藤さんは20歳の時、漁師の夫と結婚し、義母のへしこづくりを見て、作り方を覚えた。内臓を取り出したサバを10日ほど塩に漬け、しみ出す汁を炊いてサラシでこす。「しみ出す汁『ヒシオ』はうまみが凝縮されている。ほかしちゃならん、と教わりました」と加藤さん。その汁を米ぬかやしょうゆなど調味料と混ぜながらサバを本漬けしていくのが特徴だ。

 美浜町は2005年、「へしこの町」を商標登録。町によると、当時は生産量が20万本を超え、県内のへしこの4割が同町で生産されていたという。

 へしこの名は、塩漬けにした魚から出る塩汁「ヒシオ」が転じたという説、たるに魚を押し込む「へし込む」という言葉がなまったという説があるそうだ。

 漁に出られない冬場の漁師の貴重なたんぱく源だったという。特に、へしこを入れた麦飯のお茶漬けは元気のもとだ。

 加藤さんは、義母を亡くしてから、へしこ作りをやめていた。それを再開させたのは2005年のことだ。仲間の民宿の女性4人で女将の会をつくり、船小屋を改造した作業場でサバ800本をたるに漬けた。

 素材にはこだわる。つけこむ調味料には、地元のコシヒカリの米ぬか、唐辛子、地酒・早瀬浦の酒かすなど。昨年はコロナ禍で注文が減ったが、6千本近くを漬けた。北海道から沖縄まで引き合いがあり、毎年完売している。

 「1年かけて、お客さんに届ける時は、わが子を送り出す気持ちです」

 美浜の名産品を生産・販売する「千鳥苑」の9代目、橋本富夫さん(71)は約180年前から伝わるへしこの製法を受け継ぐ。「塩やぬかに加え、色々な味をつけるのが美浜の特徴です」と話す。塩と米ぬかだけでなく、みりんや砂糖、しょうゆ、七味など各家庭で秘伝の調味料を加えると、家庭ごとにちがった味になる。

 加藤さんは、観光協会の仲間と、へしこを使った料理も研究した。サンドイッチ、パスタ、ピザ、天むすなど多彩なメニューが町内の飲食店では食べられる。

 美浜町久々子(くぐし)のレストラン「オーロラ」で、へしこスパゲティを食べた。麺とタマネギ、パプリカなどの野菜に絡むのは、焼いてほぐしたへしこの酸味とうまみ。これは、おいしい!

 経営する政岡弘子さん(80)が語った。「珍味と思われがちだけど、実はいろんな料理にアレンジしやすい。好きな人は何回でも食べに来るんですよ」(佐藤常敬)