喫煙の害は大きくない? 数字を使いタバコのリスクを低く見せる方法

酒井健司
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 医学に関してさまざまな統計指標があります。数字が何を表しているのかを理解していないと、うっかり騙(だま)されてしまうかもしれません。ちょっと試しにみなさんを騙してみせましょうか。

 タバコが肺がんをはじめとしたさまざまな疾患のリスクを上げることはご存じでしょう。ただ、喫煙者の「安心したい」という心理に付け込んでいるのか、タバコの害を低く見積もることには一定の需要があり、「喫煙の害はたいしたことない」と主張する書籍もいくつか出版されています。これをまねてみます。さて、日本人男性の肺がんの死亡率は10万人あたり90人ぐらいです。この数字は速報値や単純計算ではなく、厚生労働省がきちんと計算して出しています。さあ、今から騙しますよ。

 「10万人あたり90人ということは、割合で言えば0.1%未満だ。おおよそ1000人に1人。タバコを吸おうと吸うまいと、1000人のうち999人以上は肺がんでは死なない。タバコに害が全くないとは言わないが、0.1%未満というリスクをむやみに恐れる必要はない」

 さて、どこがおかしいかわかりましたか?おかしいところはいくつかありますが、まず「1000人のうち999人以上は肺がんでは死なない」というのは間違っています。日本人男性の生涯肺がん死亡リスクは約6%、つまり16~17人に1人が肺がんで亡くなります。1000人に1人どころじゃないです。

 どこで間違ったのでしょうか。肺がん死亡率10万人あたり90人というのは一年間での数字です。日本人男性が10万人いたら、一年間でそのうち90人ぐらいが肺がんで亡くなりますが、その年に死ななかった人たちも次の年に肺がんで亡くなるかもしれません。いつかは肺がんかそれ以外の死因で亡くなりますが、最終的に肺がんで亡くなる人の割合が約6%です。

 これは日本人全体での数値ですので、喫煙者と非喫煙者を比較してみましょう。2020年に発表された研究によると、日本人男性喫煙者の生涯肺がん死亡リスクは14.9%です。ただし全員が喫煙のせいというわけではありません。タバコを吸わない人だって肺がんになります。非喫煙者の生涯肺がん死亡リスクは3.2%ですので、差し引き10%強が喫煙が原因の肺がん死と推定できます。言い換えると、タバコを吸っている日本人男性のうち約10人に1人がタバコが原因の肺がんで亡くなります。「1000人に1人」と「10人に1人」ではだいぶ違いますね。

 付け加えると、10人中9人は大丈夫というわけではありません。あくまでも肺がん死の推計であって、肺がんにかかる人はもっと多いです。治療を受け肺がんで死なないとしても、肺がんの治療は体に負担がかかります。また、肺がん以外にも喫煙がリスク要因の疾患はたくさんあります。他の疾患まで含めると、タバコを吸うと吸わない場合と比べて約10年間寿命が短くなります。

 医師としてはタバコを吸ってほしくはありませんが、他人に迷惑がかからない範囲内で喫煙する権利も尊重されるべきだとも考えます。ただし、十分にタバコの害について情報を知らされ、理解した上でのことです。喫煙の害を過小評価する言説に騙されないようにしましょう。(酒井健司)

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酒井健司
酒井健司(さかい・けんじ)内科医
1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。