3・11式典消えた千葉 津波被害の伝承に課題 グループも高齢化

大久保泰
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 東日本大震災からまもなく11年。3月11日に毎年開かれてきた追悼式典は千葉県内では今年からなくなる。死者14人、行方不明者2人と最も多くの被害を出した旭市が式典を開かないためだ。伝承活動を続けてきたグループも高齢化が進み、活動は転換期を迎えている。

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 東北や県内の被災地の自治体は、震災の翌年から3月11日に東京で開かれる国の追悼式典に合わせて、自治体の式典を開いてきた。国は震災10年の昨年を最後にした。ただ、岩手県陸前高田市宮城県石巻市などは今年も市独自の式典を開く。

 旭市はコロナ禍で中止になった2020年を除き、毎年、県と共催で式典を開いてきたが、県は10年で区切りをつけた。旭市は検討した結果、今年からは開かないことを決めた。

 米本弥一郎市長は「以前に比べ遺族や一般の参列者も減ってきた。遺族からも『式典で震災の記憶がよみがえってしまうので、もうやらないでほしい』という意見もあった」と説明する。

 市は昨年、九十九里浜のすぐ近くにある「いいおかユートピアセンター」(同市横根)の敷地に慰霊碑を建てた。米本市長は「10年を区切りとして、今後は慰霊碑でいつでも犠牲者を追悼できる」と話す。3月11日には献花台を設け、地震が発生した午後2時46分にはサイレンを鳴らし、黙禱(もくとう)を呼びかける。

 市は14年に市防災資料館を整備し、被災状況や復興の歩みを伝えている。ただ、来館者数は年々減少。コロナ禍で団体のキャンセルが相次ぎ、かつての3分の1程度にまで減っている。

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 「復興かわら版」。津波で大きな被害を受けた旭市飯岡地区にあるNPO法人「光と風」が震災直後から出しているA4判両面刷りの手作り新聞だ。住民らに当時の様子や復興の足跡を聞きとっている。

 最新の22年3月1日号は、通算で65号。米本市長が復興の状況を、成人式を迎えた女性が小学校3年生だった時に見た黒い津波の怖さを語っている。

 取材を続けてきた元高校教師の渡辺昌子さん(75)は「これが最後かもしれないと思って作っている」と漏らす。当初は三十数人いたメンバーも高齢化で活動をやめる人が相次ぎ、今は5~6人だ。

 これまで300人余りに話を聞いてきた。渡辺さんの自宅も被災した。「10年で終わりにしようかと思ったけれど、かわら版がないと被災者や被災したことが見えなくなってしまう」と複雑な思いを見せる。

 NPOでは海にまつわるエッセーや短歌を募集する「旭いいおか文芸賞『海へ』」を創設し、これまでに5回開催した。海をテーマにすることで、津波とともに海の豊かさも感じてほしいからだ。

 市からの補助が昨年度で終わり、今年度は募集していない。渡辺さんは「行政としての区切りはわかるが、同じ過ちを繰り返さないため、後世に伝えていくことが地域の文化をつくっていく。追悼という形式にこだわらず、被災地旭にふさわしい『3・11の集い』をみんなで考える機会にしてほしい」と話している。

 「光と風」の11年の活動報告はホームページで見ることができる。(大久保泰)