40年前の「ウォークマン論争」は現代に続く 違和感こそが未来の光

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伊藤大地
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メディア空間考 伊藤大地

 お値段、39万6千円。ソニーが3月に発売する新型ウォークマンである。1979年の初代誕生から40年あまり。かつての若者文化の象徴も、「シニアの嗜好(しこう)品」になったということだろうか。

 自分だけのためにイヤホンで音楽を聴く、という行為は今や当たり前。しかし発売当初は、風当たりが強かった。当時の新聞や雑誌をつぶさに追っていくと、ウォークマンの爆発的な普及に、戸惑う人の様子が手に取るようにわかる。その多くは、個人のためだけの音楽を公衆の場に持ち込み、ヘッドホンをつけて歩くことへの違和感、嫌悪感だ。

 記事や投書は社会現象を切り取るもので、必然的に批判が多くなる。大人対若者の構図が多いのかと思いきや、そういうわけでもないのが面白い。若者同士が論を戦わせているのだ。「心のふれあいのないロボットの世界」(1980年3月7日付毎日新聞)という、今も繰り返される新しい技術への定番の批判もあれば、「ウォークマンを聴きながら、反戦の念を新たにしている人がいるとしたら、僕はもう尊敬しちゃうけど」(1980年3月11日付朝日新聞)という、今となってはなかなか見かけないタイプの意見もある。さながら、現代のツイッターのようだ。

 そんな空気のなかで、ウォークマンに新たな光を当てたエッセイストがいた。椎名誠だ。

 当時35歳。もともとは「ウ…

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