改憲論は耳目引く道具か 「詰め放題」憲法審の耐えられない軽さ

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編集委員・高橋純子
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記者コラム「多事奏論」 高橋純子

 激安スーパーの「詰め放題」は、ポリ袋を事前にのばしておくのがコツだ。やってみるとわかるが、ニンジンだろうがジャガイモだろうが、食材ではなく、袋をみちみちにするためのただの物体と化す。そんなにいる? 使い道あるの?だなんて愚問オブ愚問。必要かどうかの問題ではないのだ。まだいける、もっといけると詰め込むことが目的であり、喜びなのである。

 今月10日に開かれた衆院憲法審査会もまさに、「詰め放題」の様相を呈していた。憲法改正を唱えてみせること自体が目的化しており、教育無償化だのデータ基本権だの、あれもこれも節操なく詰め込まれていた。「憲法改正に向けて議論することが国会議員の責務だ」みたいなことが言われていたが、違いますね。国会議員が負っているのは憲法尊重・擁護義務です。はい。

 そもそも政策遂行のテコにするため憲法に何らか書き込もうという類いの主張は、「私は政治家として無能です」と宣言しているに等しいと私は考える。時代の変化に応じた構えや緊急事態への備えが必要ならば、とっとと議論して、たったか法律をつくればよい。

 かねて個人的にあたためてい…

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    菅野志桜里
    (弁護士・国際人道プラットフォーム代表)
    2022年2月25日15時49分 投稿
    【視点】

    書いているご本人が認めているとおり「個人的な」「仮説」が「唐突に披露」されているコラム。しかも事実の適示がほとんどないままに、「事実らしきもの」から「個人的な評価」への跳躍幅がすさまじく、正直驚きました。 たとえば筆者は「『憲法改正に