「ひどい爆撃、脱出を決めた」ウクライナ避難の日本人男性の孫ら

有料会員記事ウクライナ情勢

大野正美、戸田拓、松尾一郎
降籏英捷さんはつぶやいた「ああ、神様」=戸田拓、松尾一郎、本田大次郎
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 ロシア軍が侵攻したウクライナの北部ジトーミルから北海道に避難した降籏英捷(ふりはたひでかつ)さん(78)。1歳の時に日本統治下の樺太(現ロシア・サハリン)で1945年の終戦を迎え、旧ソ連やウクライナで生活してきた。一緒に避難した孫らが31日、滞在先の稚内市で取材に応じ、ポーランド経由の避難の様子や、現在の心境などを語った。

 降籏さんが住んでいたジトーミルは、首都キエフと西部の拠点都市リビウを結ぶ幹線道路が通る要衝だ。

 ウクライナ国防省の発表や現地報道によると、3月4日、歩兵戦闘車などの兵器を改良・修理する大規模な工場がミサイル攻撃を受け、破壊された。

 孫の妻のインナさん(27)は「ひどい爆撃があった。最初に空港の軍事地区が爆撃された。そこに隣接する住宅や病院にも爆弾が落ち、窓が割れたりしていたのですぐに決めた」と振り返る。降籏さんはウクライナ出身の妻と一人息子を亡くし、一人暮らしをしていた。当初、避難を渋っていたが、孫でインナさんの夫のデニスさんが強く求めるとついに決断。5日、インナさんの父が運転する車でジトーミルを脱出した。

 途中、リビウで、孫で美術学…

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