免疫の難病、実は感染症? なぞ解き明かす一歩に 金井隆典さん
私たちは、研究テーマの一つとして、「原発性硬化性胆管炎」という病気の解明に挑んでいます。
胆管は、肝臓でつくられる消化酵素である胆汁の通り道で、十二指腸につながっています。その胆管に炎症が起き、数年から数十年かけて胆管が狭くなって胆汁がうまく流れなくなるとともに、肝臓の働きが落ちてしまう病気です。英語の病名Primary Sclerosing Cholangitisの頭文字から「PSC」とも呼ばれています。
PSCは原因がよくわかっておらず、進行を止める治療法も確立していません。最終的には肝硬変へと進み、命を救うには肝臓移植をするしか方法がなくなることが多いです。しかも、せっかく移植をしても、再発してしまうことが少なくありません。いわゆる難病に指定されており、日本には約5千人の患者さんがいます。
この画像は、そんなPSCの病態を解き明かす手がかりをつかんだときのものです。
この病気では、肝臓の中で免疫の細胞が活性化していることがわかっています。ところが、過剰な免疫の働きを幅広く抑える作用があるステロイドが効きません。いまは特定の免疫の作用を抑える「抗体医薬」がいくつか登場し、やはり過剰な免疫の働きがかかわる関節リウマチやクローン病などで効果を示していますが、PSCではまったく効きません。
PSCを起こしている人は、大腸の炎症である「潰瘍(かいよう)性大腸炎」を伴いやすいことが、以前から知られていました。また、腸内の細菌がPSCと関係していることを指摘する論文も出ていました。私は、腸内細菌がPSCと関係があるのかをまず知りたいと思いました。
そこで、次のような実験をしました。PSCの患者さんから便をいただいて、微生物をもたない「無菌マウス」に経口注入し、大腸や肝臓の様子を調べるのです。比較のため、健康な人や潰瘍性大腸炎の患者さんの便も無菌マウスに注入しました。
肝臓で免疫細胞が増加
すると、健康な人や潰瘍性大腸炎の便では起きないのに、PSCの便を注入したときは、肝臓内で特殊な免疫細胞が増えていることがわかりました。これはT細胞の一種で、インターロイキン17(IL-17)を産生することから「TH17細胞」とも呼ばれています。PSCの便に含まれる腸内細菌によって、肝臓の免疫反応が異常になっていたのです。
私たちは、腸内細菌が十二指腸から胆管を逆流して肝臓に達し、肝臓や胆管で炎症を起こしているのではないかと考え、いろいろな方法で調べてみました。しかし、何回みても、どちらにも腸内細菌はみつかりませんでした。
このとき、比較のために脾(ひ)臓や「腸間膜のリンパ節」と呼ばれる腸に関係するリンパ節も調べていました。すると、腸間膜リンパ節で菌が3種類、検出されたんです。
このことは、免疫の難病といわれるPSCに、腸内細菌がかかわっている可能性を示しています。これって驚きですよね。従来の免疫の病気の常識からは外れていますから。
ただ、腸間膜リンパ節は、大腸の空洞とは直接つながってはいません。じゃあ、細菌はどうやって移動したのか。その謎を調べたときに撮影したのが、この画像です。
共同研究した佐藤俊朗教授たちのグループがもっている、「オルガノイド培養技術」を用いました。オルガノイドというのは「培養細胞」を意味していて、この方法なら、幹細胞をもとに、培養皿の上で実際の大腸上皮とよく似た構造をつくることが可能です。
大腸の壁に穴を
そこで、PSC患者さんから得た腸内細菌と、オルガノイド大腸上皮を一緒に培養して調べたところ、PSC患者さん由来の「クラブシエラ菌」という腸内細菌が、大腸上皮の細胞死(アポトーシス)を引き起こし、上皮に穴を開けていたことがわかりました。
画像で黒く見えるのが腸の粘液、赤い部分が腸内細菌です。緑が上皮細胞で、赤い細菌が上皮細胞の中に侵入していっている様子を示しています。PSCでない人から得た同じ種類の腸内細菌では、上皮細胞に穴を開けることはありません。
PSC患者さん由来の腸内細菌は、こうして大腸の壁を開けて外に飛び出し、腸間膜リンパ節に達していたんです。それに対応して、TH17細胞が増えていることが明らかになりました。こうしたしくみによって、肝臓での異常な免疫反応を招き、胆管炎につながっていた、と私たちは考えています。
治療法の検討もしました。PSCは、せっかく肝移植をしても再発しやすいと言いましたよね。リンパ節にいる腸内細菌がもとで炎症が起きているのだとしたら、その腸内細菌がとどまっている限り、移植のあとに再発したとしても不思議ではありません。
そこで私たちはまず、PSC患者さんの便を注入したマウスに抗菌薬を使い、クレブシエラ菌などを排除しました。すると、肝臓でのTH17細胞が大幅に減りました。また、TH17細胞を抑える働きのある薬を使ったところ、モデルマウスで起こした肝硬変の程度が半減しました。
その後、欧米の研究者たちによって、PSCが特殊な病原菌によって起こされるという報告が相次ぎ、私たちの発見の正しさが確かめられています。そしていま、治療につなげるための本格的な研究の段階に進んでいます。
それは、バクテリオファージという、ウイルスの一種を用いる方法です。
ウイルスを治療に活用
バクテリオファージは細菌に感染し、細菌の中で増殖して、最終的に細菌を壊します。この性質を利用して、病原性のあるクラブシエラ菌をターゲットにしたバクテリオファージの製剤をつくり、患者さんに口から飲んでもらうのです。
細菌の治療なのだから抗生物質を飲めばいいと思われるかもしれません。ただ、この菌は抗生物質でたたき切れないと、耐性菌を生んでしまうことが多いんです。実際、多剤耐性となったこの菌が病院での院内感染の原因となることが少なくありません。
一方、バクテリオファージはウイルスの一種とはいえ、細菌には感染するものの哺乳類の細胞には感染しません。従って、人体に対しての安全性は高いと考えられています。
いま、私たちは、イスラエルのバイオベンチャー企業と共同で、バクテリオファージを用いた治験に取り組んでいます。これまでに、イスラエルと欧州の健康な人たちを対象にした第一段階の治験を終えました。できれば今年中に、PSCの患者さんを対象とした次の段階に進みたいと考えています。
PSCはいわゆる「免疫の病気」だと、長いあいだ信じられてきました。私たちの今回の研究は、PSCは実は感染症だった可能性を示していると考えています。
結核やチフスなど、細菌がかかわる感染症は、抗生物質の発達によって治療技術が大きく進み、学問としてはあまり注目されないようになっていました。
そんなときに新型コロナウイルス感染症がパンデミックを引き起こしました。世界の研究者は改めて、感染症の脅威と向き合うことを迫られています。
一方で、細菌などの微生物を、コレラやペストといった単なる「病原菌」ととらえるだけでは足りないと考えています。腸の中にふつうに住んでいる常在菌が、生体にとってどんな役割を果たしているのか、もっとよく知っていく必要があるのではないかと思っています。
腸内細菌の中には、たとえコレラのような急激で強い症状を起こすことがなくても、長くすみついているうちに、肥満症や糖尿病、自己免疫疾患などのリスクを高めるものもあることがわかってきています。
そうした細菌は、もともとはホストである人間と共生していたはずが、いわば共生環境が壊れて、人に悪さをするようになるわけです。「恒常性の破綻(はたん)」ともいえるこうした現象がどのように起きるのか、明らかにしていく必要があります。
医学生のころ、利根川進先生が免疫の研究でノーベル賞を受賞されました。免疫学や生理学といった生命現象のなぞに迫る学問には強く興味をもっていたのですが、正直に言って基礎医学だけでやっていくだけの自信はありませんでした。
また、スポーツ中に腰を痛めたことから、ずっと立って仕事をする外科は難しいと思いました。内科系で、じっくりと考えながら診療を進めやすい領域と考えて、消化器内科の道に進むようになりました。
ただ、いまは消化器内科という一つの領域だけにとどまっていては、インパクトのある研究を続けることはできません。今回のPSCに関する発見も、オルガノイド培養技術をはじめ、腸内細菌の遺伝子解析、遺伝子情報をもとにしたたんぱく質の発現や代謝の解析など、さまざまな研究領域の方たちとの共同作業が欠かせませんでした。
これからも、幅広い研究分野の方たちと連携しながら、腸内細菌のなぞの解明に引き続き取り組んでいきたいと思っています。
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