第3回大岡信賞授賞式 受賞の小島ゆかりさん「自分には歌しかない」

山本悠理
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 時代や社会を貫く力をもった「うた」を生み出す作り手を顕彰する第3回「大岡信賞」(朝日新聞社・明治大学共催)の授賞式が4日、朝日新聞東京本社で開かれた。受賞者で歌人の小島ゆかりさんは「これからまた歌い続けていくための、大きな力をもらった」と喜びを語った。

 新型コロナウイルス感染拡大防止のため、式は関係者のみで行い、明治大学の大六野(だいろくの)耕作学長や選考委員たちはオンラインで参加した。

 大六野学長は祝辞で「この2年、新型コロナ関係のニュースのたび、あたかも言葉に踊らされるように、私たちはコロナ禍に翻弄(ほんろう)されてきた。今の時代の『不寛容』は、全世界で深刻さを増している」と語り、小島さんの歌集「雪麻呂」所収の1首を紹介した。

 〈ネット社会にひどく怯えて生きづらさMaxであるこのごろのわれ〉

 「短歌という形で日常や社会を描写し、第三者的なところからユーモアを持って俯瞰(ふかん)する視座は、人々が肩の力を抜いて冷静になるために必要な、ある種の清涼剤であると感じる」と話した。

 朝日新聞社の中村史郎社長は「コロナ禍やウクライナ情勢など、社会は大きな惨禍に見舞われている。混乱のさなかでも、言葉というものは松明(たいまつ)の明かりのように人々を照らし、私たちの背中を押してくれる。小島さんのような表現者を顕彰することは、言葉の力を信じている私たちにとっても、大きな喜びだ」と述べた。

 小島さんは、歌集「雪麻呂」に収めた長歌を披露した。

 〈年々の旅ゆくわれに なつかしき旅鞄あり 肩掛けのよき鞄あり。二十年(はたとせ)を使ひ古して その色はくすみたれども その生地は傷みたれども なにをかもゆたに容れつつ 重からず身になじみたる。〉(以下略)

 「学生時代から半世紀近く、何かを考えながら歌を作ってきたわけではない。歌が好き、ただそれだけだった気がする。作れば作るほどこの詩型の奥深さや柔軟さに魅了され、夢中で作っているうちに長い時間が経っていた」と、小島さんは語った。「大きな悲しみの前で、私の歌は限りなく無力に近い。それでも、自分には歌しかない。これからも歌を作り続けていきたい」

 大岡信賞は、戦後日本を代表する詩人で30年近くにわたり朝日新聞にコラム「折々のうた」を連載した大岡信さん(1931~2017)をたたえ、朝日新聞と、大岡さんが長年教壇に立った明治大学が2019年に創設した。

 第1回は詩人の佐々木幹郎さんとミュージシャンの巻上公一さん、第2回は詩人の岬多可子さんが受賞。第3回の受賞者となった小島さんは、親とともに自らも老いゆく日常を描いた最新歌集「雪麻呂」の成果や、歌人としての長年の創作活動が評価された。小島さんには賞状と賞牌(しょうはい)が贈られた。(山本悠理)

「歌い続ける大きな力もらった」 受賞者・小島ゆかりさんの挨拶(全文)

 このたびは、大変立派な賞をいただいて、本当にありがとうございます。何よりも尊敬する大岡信さんのお名前を冠する賞であることが、とてもとてもうれしいです。

 受賞の知らせをいただいてから、朝日新聞の記者さんが取材に来てくださって、そのときにはまだ本当に浮足だってしまっていて、なんだかいろんなことを、それらしいことを言ってしまった気がして、いまはとても恥ずかしい思いでおります。

 振り返ってみますと、学生時代から45年か46年にまもなくなりますが、歌を作り続けてきて、やっぱりそんなに何かを考えながら作ってきたわけではありません。歌が好きだった、というそれだけだった気がします。

 この歌の形式が好きで、旧かな遣いとか文語体とか不思議な魅力を感じて、作れば作るほどこの詩型の奥深さとか柔軟さに魅了されて、夢中で作っているうちに、気がついたらもう、65歳になってしまった。ただ、本当にそれだけのことだったと思います。

 しかし、そんな私の作品に対して、このたびは選考委員のみなさんが大変深いご理解をくださいました。新聞に掲載された選評を繰り返し拝見しました。

 池辺(晋一郎)さんは「当たり前のような日常語が並んでいるのに、不思議なほど新鮮だ」と言ってくださいました。

 管(啓次郎)さんは「生命というのは途方もないユーモアだと思い知らされる」という風に言ってくださいました。

 それから、蜂飼(耳)さんは「『うた』を往来する軽やかさと厳粛さ、それは生の韻律なのだろう」と言ってくださいました。

 そして、堀江(敏幸)さんは「ここにいる人といない人を同時に支える射程の長い言葉」という表現をしてくださいました。

 さらに、やなぎ(みわ)さんは「父が逝き、母が娘の誕生日を忘れても、歌は父母未生(ふもみしょう)以前につながることが出来ることを教えてくれる」と思いやり深く記してくださいました。

 どの言葉も胸にしみて、ただただ好きで作ってきた私、これからまた歌い続けていくための大きな力をいただきました。

 先ほどはさらに重ねて、3人の選考委員の方にお言葉をいただきました。

 短歌は、まして私の歌は、たとえば、ただいまの悲しい世界情勢ですとか、自然災害ですとか、大きな悲しみの前には限りなく無力に近いと思います。思いますけれど、それでもやっぱり、自分には歌しかないので、これからも作り続けていきたいと思っています。

 朝日新聞社や明治大学や関わってくださったすべてのみなさんに、心から感謝を申し上げたいと思います。

 大岡信さんが「うたげと孤心」という評論のなかで、鮮やかに示された「うたげ」ということ。おそらく実際のうたげの場で、古代の人々は歌を声に出してうたったに違いありません。

 ですから今日は私も、この歌集のなかに一首だけ入っています長歌を声に出して読んでみたいと思います。朗詠というような格好良いものではまったくありません。ただ声に出して読んでみるだけのことです。

 でも、今日のうたげの場で私が長歌を読む声が、大岡さんに聞こえたら、こんなうれしいことはないなあと思います。恥ずかしさを振り捨てて、読んでみたいと思います。

 「旅鞄」

 〈年々の旅ゆくわれに なつかしき旅鞄あり 肩掛けのよき鞄あり。二十年(はたとせ)を使ひ古して その色はくすみたれども その生地は傷みたれども なにをかもゆたに容れつつ 重からず身になじみたる。

 二十年は短く長し ある日にはまだいとけなき 夏草の娘らを容(い)れ ある日には病みうづくまる 枯原の父を隠して いくたびも旅にゆきたり。思ほえば貧しきころに わが母が貸してくれたる 新品の鞄なりしを 思ほえば返す間もなく 年ふりて母は老いたり。

 二十年は長く短し 母すでに旅ゆけずなり 鞄はもすでに古びぬ。しみじみとなかを覗けば はるかなる風の音する しづかなる雨の音する。

 ふかぶかと、ああふかぶかと このなかでけふ憩ひたし 眠りたし たらちねのははの鞄のなかで。〉

 「反歌」

 〈やがてわが旅ゆけずなる日をひとり行くべし古きこの旅鞄〉

 〈はぎすすきききやうのあきの風の朝われはめざめん鞄のなかに〉

「短歌は現代の清涼剤」 明治大学・大六野耕作学長の祝辞(全文)

 本日は第3回大岡信賞授賞式を開催できますこと、誠に喜ばしく存じます。

 まず初めに、本日ご臨席を賜りました選考委員の先生方をはじめ、第3回大岡信賞の選考にお力添えいただきました関係者各位に、厚く御礼申し上げます。そして、栄えある大岡信賞を受賞された小島ゆかり様、このたびは誠におめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。

 この大岡信賞は、戦後日本を代表する詩人であり、希代のアンソロジストでもあり、そして様々な領域をつなぐ存在であった大岡信さんの業績を未来に伝え続けるために、30年近くにわたって大岡さんのコラムである「折々のうた」を連載した朝日新聞社と、大岡さんが長年教壇に立った明治大学が共に主催者となって、2019年に創設致しました。

 この賞には、時代や社会を貫く力をもった「うた」を生み出す作り手を顕彰したいという思いがございます。このたびの受賞者である小島ゆかり様のご功績につきましては、後ほど選考委員の先生方から詳しく紹介があるかと存じますが、歌集「雪麻呂」における優れた歌作の成果、及び歌人としての長年の創作活動を通じてなし得た、「うた」の領域を深化させる歩みが高く評価されて、第3回の大岡信賞の受賞に至ったと伺っております。

 私自身は政治学を専門とする研究者でありまして、詩歌を論評することなど、まったく慣れておりませんが、それでも歌集「雪麻呂」に収録された短歌を拝読しますと、小島様が描く日常には、深い共感を覚えます。

 「パンデミック」や「オミクロン」等、この2年間、日々のニュースで続々と新型コロナ関係の言葉が伝えられるたびに、あたかも言葉に踊らされるように、私たちはコロナ禍に翻弄(ほんろう)されて参りました。そして、意見を異にする人々は決して許容しないという今の時代の「不寛容」は、社会の分断というゆがみとなって、全世界で深刻さを増しております。歌集「雪麻呂」には小島様がこのことをよんだ歌がございました。

 〈ネット社会にひどく怯えて生きづらさMaxであるこのごろのわれ〉

 短歌という形で日常や社会を描写し、第三者的なところからユーモアを持って俯瞰(ふかん)する視座は、いらだちにあふれた現代に生きる人々が、ふっと肩の力を抜き冷静になるために必要な、ある種の清涼剤であるような気がしてなりません。小島様の「うた」が、多くの方々に届くことを心から願っております。

 結びにあたりまして、受賞者の小島ゆかり様に改めまして心からの祝意と敬意を表しますとともに、本日お集まりの皆様、朝日新聞社の皆様の、ますますのご活躍とご健勝を心より祈念申し上げ、第3回大岡信賞授賞式の開会にあたりましてのご挨拶(あいさつ)とさせていただきます。

「言葉は人々照らす松明」 朝日新聞社・中村史郎社長の祝辞(全文)

 このたび第3回大岡信賞を受賞された小島ゆかり様、本日は誠におめでとうございます。昨今の大変な状況にもかかわらず、本日こうして東京・築地の朝日新聞東京本社までお越しいただき誠にありがとうございます。厚く御礼申し上げます。

 今し方、大六野学長からもご紹介がありましたが、この賞を創設するきっかけとなった大岡信さんは、戦後日本を代表する詩人、そして同時に様々な芸術分野を横断し、その架け橋となって活躍された方です。大岡さんが長年教壇に立たれた明治大学、そして大岡さんのコラム「折々のうた」を足かけ29年、6762回にわたって朝刊に掲載した朝日新聞社がその功績をたたえるために2019年に創設したのがこの賞です。

 第1回の受賞者は詩人の佐々木幹郎さんと、ミュージシャンの巻上公一さんのお二人でした。第2回は詩人の岬多可子さんです。第3回となった今回も詩人、小説家、作曲家、美術家として活躍されている、当代きっての5人の選考委員の皆さんをお招きし、1月に選考会を実施した結果、小島さんを選んでいただきました。

 小島さんは受賞の主な理由になった最新歌集「雪麻呂」をはじめとするこれまでの創作活動の中で、日々の営みに軸足を置きながら、時空を超えた存在や生き物とも心を響かせ合い、短歌という表現形式を通じて、だれにでも届く言葉で、生きることの実感をのびやかにうたってこられました。

 いま、2年以上続くコロナ禍、そして目下世界が注目するウクライナでの状況など、社会は大きな惨禍に見舞われております。そんな混乱のさなかでも、「言葉」というものは松明(たいまつ)の明かりのように人々を照らし、未来に向けて私たちの背中を押してくれるものだと思います。小島さんのような表現者を顕彰することは、言葉の力を信じている私たち新聞社にとっても、たいへん大きな喜びです。

 最後に、この賞を共催して頂いている明治大学の大六野耕作学長、選考委員の皆様、この賞を支えて下さっている全ての方々に深く感謝申し上げます。