クラゲ図鑑づくりが夢 黒潮生物研究所の戸篠祥さん
海洋生物研究の「空白地帯」とされた四国南西海域の生き物の図鑑づくりに黒潮生物研究所(高知県大月町)が取り組んでいる。学生時代からクラゲの新種発見や生態を解明してきたという主任研究員の戸篠祥さん(35)に、図鑑づくりの狙いやクラゲの魅力を尋ねた。
――四国南西海域はどんな海域なのでしょう
南方からの暖かい澄んだ黒潮と、豊後水道の冷たく栄養が豊富な海水が柏島(大月町)あたりでぶつかり、その潮目に様々な生き物が集まります。毎年、新種が見つかるホットスポット。春には、豊後水道の緑色の海水「春濁り」が下りてきて、海の春の到来も感じられます。
――なぜ、図鑑をつくるのですか
これまでアクセスが悪く、研究者が腰を据えて調査できない事情がありました。2001年にこの研究所ができてからは、これまで在籍した15人を超える研究者の成果が蓄積されています。もう「空白地帯」でないことを示す意味でも、19年から研究所のホームページで公開し、掲載は2月に600種を超えました。25年には紙ベースの図鑑発行を目指しています。
――クラゲが専門ですね
大学の恩師がクラゲの専門家で、大学4年の時、「これを飼ってみなさい。私も何のクラゲかわからない」と渡されたのが、浮遊する前のクラゲのポリプ(岩などに張り付く幼体)でした。イソギンチャクのような姿で、ポリプを見た目でどのクラゲなのかを見分けるのは難しい。でも、育ててみて、恩師が首をひねった理由が分かりました。新種だったのです。
和名を付けることができ、「コモレビクラゲ」と名付けました。このクラゲは、褐虫藻(かっちゅうそう)というオレンジ色の藻を傘の中で飼っていて、その様子が木漏れ日のようでした。解明できた喜びと、その美しさに魅了され、クラゲの研究を続けています。
――水域での観察だけでなく飼育もするのですね
クラゲを飼って生活史を調べると、その生き様が分かります。私の専門は、海水浴などで刺されると腫れ上がるような毒をもつ「立方クラゲ」。この種は一つのポリプから一つのクラゲができるのが定説でした。ところが、瀬戸内海などでみられる大きなヒクラゲを育ててみたら、ポリプからクラゲがいくつも出てくるのを発見。ひとつのポリプからたくさんのクラゲをつくるミズクラゲなどに近い増え方だったのです。
見た目は、のんきそうに海水の流れに漂っていながら、長い年月をかけ、繁殖に適した色々な正解の選択肢を広げて進化し、クラゲという大きなグループで世界中の水域で繁栄していく。学ぶことが多い生き物です。
――クラゲ研究者としての今後の夢はなんですか
日本近海では300~400種類のクラゲがいるといわれます。この海域ではその約4分の1を見ることができます。ここを拠点に全国を調査し、日本沿岸で見られるクラゲを網羅した図鑑をつくりたい。私の研究は生態研究と分類が両輪。名前がつけば、一般の人にも身近に感じてもらえて、環境保護にもつながればと考えています。(今林弘)
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としの・しょう 大分県佐伯市出身。北里大水産学部(現・海洋生命科学部)に入学し、同大学院博士課程修了。2015年4月~17年4月は研究員、19年2月からは主任研究員として黒潮生物研究所に在籍。新種で命名したクラゲは、ほかに「リュウセイクラゲ」など。さわやかな名前を付けるよう心掛けているという。
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